酔醒石(すいせいせき)

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第十一回 惟内惟貨の両私を存し、祿を削り年を削る双つの結証

紫の標、黄の榜、いかほどのものぞ、富貴もまた徳を積むに如かず。

衫の袖、幾たびか粉蝶と化すを見、朱門にはいつも蝸牛の篆跡を見る。

一棺の外には元より我なく、半世の間、何ゆえに他のために身をすり減らすか。

財を守り貪り尽きることなき者を笑い殺さん、銖銖の銭、手の下で幾たびか磨らるるか。

人が最も打ち破り難きは、利を貪る心である。ひとたび利を貪れば、ただ己の手元を肥やし、懐を満たすことのみを思う。体面も顧みず、知人も顧みず、羞恥も顧みず、ひいては王法も顧みず、天理も顧みなくなる。仕宦の身においては、とりわけその害が甚だしい。農となり商となる者は、搾取し貪り求めるにも、おのずと限りがある。ところが仕宦ともなれば、人を打ち、人を罵り、人を駆使することができ、権勢をふるうことができる。一点の貪欲の心を露わにすれば、たちまち一群の者が迎合しそそのかしに来て、底なしとなる。名を借りて巧みに搾取し、賦課を増やし徴収を重ね、高く積んで削り取り、紙代の名目で贖わせる。表立っての鞭打ちや強要も悪いが、陰での上下への染指こそ最も凶悪である。節季の礼、誕生の礼として、犀の杯、金の爵、彩色の軸、錦の屏風、古画古瓶、名刺代わりの珍品・名品など、相手が甘んじて贈るはずもなく、結局は表向き贈らせ、陰では取り上げるのである。

贈り物は朝な朝なと届けられ、鞭打ちの音は日々絶えない。閭閻の座に交わりながら、十室のうち九室は焦土と化す。

これもやむを得ぬことから生じる。一たび紗帽を戴き、一日でも堂に坐れば、一日分の銀子が課せられる。俸を捐じ穀を積み、兵糧を助け工事を助け、馬を買い家財を納め、一献また一献と重なる。思うに、一人の貧しき書生が、家に四壁しかなければ、どこからそれを調達しろというのか。今の世、才人が有司のもとを離れると、疏文をもって不肖の有司を罵り、民を搾り賄賂を取り、餞別を送り贐物を送り、推薦を買い昇進を買ったと言う。問いたいものだが、平日から往来を真に断ち切り、考満・考選のたびに同郷の者や治下の者に頼まず、書帕を送らぬでいられたか。とはいえ、士庶に罪を得るよりは、要路の人に罪を得るほうがまし。衾影に詫びるよりは、礼節に詫びるほうがまし。贈り物はやや薄くてもかまわぬが、我が名節を汚して人に取り入ることなど、何の意味があろうか。さらに家を肥やすことを言えば、天公がもっとも巧みである。『唐書』に記されるごとく、冥界には「掠剩使」なるものがあり、人の余財を奪う。宰相李嶠は貧しく、張説は富んだ。ある僧が言った。「張相公は欲深き鬼王にして、冥府には十の大鉄炉があり、彼の横財を鋳ている」と。これはすべて陰の主宰するところである。

貧富はすべて造物主にかかり、誰が拙く窮して誰が巧みに満つるかも同じ。智者はまさに運に任せ、止まるも流れるも彼のなすがままにすべし。

明の世に、ある御史があった。門生に対し、こう語った。「銀財には定められた分限があり、みだりに得てはならぬ。かつて私は雲南を巡察した。ある夜、官署にて、なんとなく心が落ち着かず、眠れずにいた。私は祈った。『この地に冤があって訴えに来た者があるのでは』と。するとうっすらと金甲の神人が現れて言った。『公には銀千両がこの地にあり、特にお知らせに参った』と。私が『どこにあるか』と問うと、『公の座の傍の煉瓦の下に』と答えた。座を退けて煉瓦を発いてみると、果たして二十錠の銀、計千金があった。私が『どうすれば家に持ち帰れるか』と言うと、神人は『ただ郷貫・姓名および住所を書き記せば、届けるようにしてやる』と言った。私はその言葉に従い書き終えて、銀の上に置いて煉瓦で覆った。その後、巡察がほぼ終わろうとする頃、喪に服している同年の者が訪ねてきて、ある知県のために推薦を求め、四百金を持参した。各自二百ずつ得ることとなる。私は固く断ったが、同年は『あなたが受け取らないと、あなたが忘れてしまうのではと心配だ。必ずあなたに受け取ってもらわないと、私は安心できない』と言った。私はやむなく受け取った。任期が満ちて帰宅してから、このことをふと思い出した。家人に命じて三牲を用意させ、ひそかに祈祷した。すると再び神人が現れて、『銀は書房の条桌の下にある』と言った。翌日、家人に命じて板を剥がすと、果たして先の銀があった。ただし数は八百に止まった。私が『元々の銀は千だったのに、今は八百しかない。この二百はどこへ消えたのか』と言うと、夜になって神人がまた現れて言った。『それはある同年の二百金のことです』と。私は驚きで汗が滝のように流れた。思えば、人の行動はすべて神鬼が知っている。此方が得れば彼方が失う、その数は定まっているのだ。これを見れば、無理に求めようとしてよいものか」と。

財を蓄えることは億には関わらず、縄枢の命は本より窮すべきもの。欲深き者は空しく汲々と、人の巧みも天の工には及ばず。

広東にある魏進士のことを聞いた。秀才の頃、その家は極めて貧しく、衣食もままならなかった。

灯なければ常に月を借り、戸はあれど風を留めず。甑の中には時に塵が舞い、囊の中の銭はいつも空。

ただひたすら読書に励み、家事はあまり顧みなかった。妻の実家がやや裕福であったおかげで、その妻が勤勉に働き、朝夕をなんとかしのいだ。

妻はいつも読書を怨んでいた。嫁入り道具を費やして、こんな貧乏になってしまったと。魏進士はなんとかなだめてこう言った。「怨まないでくれ、もし科挙に及第すれば、衣が欲しければ衣が得られ、食が欲しければ食が得られるよ。嫁入り道具の十倍を返しても、大したことはない」と。思いがけず果たして挙人に合格し、続けて進士に及第し、三甲に入った。推官に選ばれることとなり、まず都察院で政務見習いをした。たちまち長班・雇い馬・交際費などが要った。見習いを終えても、選官の時期はまだ先のこと。しかし道が遠く往来に不便なため、やむを得ず京師で待つほかなかった。半年もそこに住み、家賃や食費、慶弔の公費がかかり、いざ選官のときには上司への礼物を用意するためにまた借金をした。ある月の二十五日に選が行われた。くじ引きで、湖広江陵府が当たった。このくじ引きにも実は仕掛けがあった。良い府であれば、必ず何人かの京官が、同年であれ座主であれ、訪ねてきて便宜を頼み、赴任後の便宜を期待する。そうして見込みの役職のために奔走し、十のうち九つはあらかじめ決まっているのである。くじ引きの際にも、南北中や上中下に分けたりする。魏進士は広東人で、くじ筒の中にわざと江陵と広東の二枚を入れておく。広東が当たれば本省人なので選外、自然と江陵となる。あるいは一人の湖広人を付き合わせてくじを引かせ、湖広人には江陵は当たらないから、その欠が魏進士のものとなる。

吏の弊害は重なる雲のごとく、月の鑑をも暗くす。迂くして拙き者は積薪と化し、馮唐のごとく深く嘆ずる。

魏進士は赴任地を得て、乗り物の人轎を雇い、徐州まで来て水路で淮を渡り江を渡り、浙江・江西を経て広東に至った。祖先の廟に参拝し、親族に別れを告げ、奥方と共に赴任した。この奥方は、常々官職は良いものと聞かされており、金銀財宝が山のようにあると思い込んでいた。実際に赴任してみると、道中は夫馬や人足が出迎え、なかなか威勢があった。衙門に入れば、各府県の郷紳が礼物を持って祝いに来て、にぎやかなものであった。魏推官は新任につき、自然と威厳を保ち、押し返しきれない時だけ渋々一、二品を受け取るに留めた。後衙は日々事務があったが、それも撫按・藩臬・守巡の批行に、府堂の牒送を処理するだけで、終日自分の精神を費やして他人のために用紙代わりに働くに過ぎなかった。一年余り経って、代巡から一度査盤の委任があり、府県からの折程折席で百金ほどになった。平日は端午と年末の二度の節礼に頼るだけで、全省の県官が節礼を送ってくるのだが、一人当たりおよそ四両程度。遠い地の小さな県では、送ってこない者もいる。奥方は「よかったよかった。教官になったみたいね、一節ごとにやっと少し潤うわ。あちらはもっと多く拝見料や、学問所を訪れるたびに束脩があるというじゃない」などと言う。こうした折々の暇な言葉は、人の心を最も乱すものである。礼物が届くと、すべて夫人が受け取る。装飾品を誂え、衣服を仕立てようとし、魏推官が貧しい時代に使い込んでしまったと言い、甘えた気まぐれな態度で、再び断ろうとすると、癇癪を起こして泣く。魏推官もやむを得ず従った。思えば、名を立てたい気持ちはあっても、妻の貪欲なわがままを拒むすべがない。また珠翠や綸緞を買い入れる際、仕入れ値を削り、銀の品位まで誤魔化すなど、魏推官に搾取して安く上げるという評判をすでに立ててしまっていた。

猛虎には神威あれど、苦しくも妖狐に奪われる。その光を借りて百獣を脅すが、大権は嘆くことに傍らに落ちる。

廳中に単規という吏がいた。抜け目のない老練な吏である。彼は交代で赴任の先乗りとして広東で官を迎える役を務めており、奥方と管家とには陰でそれぞれ礼を贈り、歓心を買っていた。彼は奥方の内外の心の動きをすでに探り知り、奥方が金目のものを求めて家を取り仕切っていることを見抜いていた。その頃、府内に陳箎という大戸がいた。家は極めて豊かだが、悪事を好み、数十人の家丁を養い、専ら大河で密商を営み、また近村の家々を打ち劫かしていた。ある日、官船を一隻劫かしたが、それは兵巡道の同年のものであった。巡道は厳しく追捕し、府県は三日ごとに期限を切って比べ、巡道は半月ごとに解送し、捕吏は根拠を捜し回っていた。たまたま陳家の家丁が行った劫掠で、金珠・綸緞などの品物を持ち帰るたびに、陳箎は銀を渡し、品物は人を使って省外に売り払わせていたため、家丁の手元には贓物が残っておらず、看破されなかった。この度の劫掠で得た物が多く、各人はいつも陳箎から代金が半値以下と感じていたため、各自少し手元に残しておいた。物ができると、処分したいと思う。売りに出た者はいずれも相場を知らず、すでに目の利く公人に見破られた。さらに娼婦の周英の家で遊んでいた。その家には雪児・楚雲などの姉妹がいて、皆顔立ちが美しく、金をむしり取ることに長けた一団であった。各賊は金が易く入るので、彼女らの家で大盤振る舞いをし、金珠を惜しみなく散じた。これを応捕に踏み込まれ、一網打尽にされ、陳箎の家丁であることが供述された。他に十余人の仲間も陳家で拿捕された。陳箎は捕吏と捕官を買収し、責任をすべて亀子(売春あっせんの男)に押し付け、上司に申し上げた。陳箎は極めて悪賢く、事が起きれば金を惜しまず使うが、事が片付くと逆に金を惜しんで踏み倒す。衙門の者は心得ていて、わざとさかずき一つ残しておいた。捕衙の最初の供述「陳箎の義男には関係なし」の一句を残しておいたのである。やがて巡道より刑廳に発送されて覆審となった。魏推官は政務に気を配る人で、招由を細かく読み、「江洋の大盗には必ず大きなねぐらがある。娼家はその散財の場所で、財に目がくらんで告発しないことはあり得る。しかし主なるねぐらを言うならば、数年来養ってきた家主を捨てて、数日しかいなかった亀子に罪を着せるという道理はない」と考え、陳箎の召喚状を出した。

柱を割いて元悪を追い、車輪を埋めて大奸を斬る。厳然と鉄面を施せば、旅人もまた安らぐことができる。

召喚の手続きをしているまさにそのとき、代巡から武昌の査盤を命じる委任が来た。魏推官はやむを得ず荷物をまとめて出発した。

思えば、魏推官が赴任してきた当初、最初に撫按司道への挨拶に出向いた際、逆風に遭って小さな港に船を泊め、ひとり手持ち無沙汰に座っていた。船の中から眺めると、遠くに松竹の林があり、その間にかすかに殿閣が見えた。また逆風の中、鈴の音がいくつか聞こえてきた。梢子(船頭)に問うと、聖壽禅寺だと答えた。魏推官は「管轄外だが、一ついってみよう」と言い、人役を多く連れず、道の先触れもなく、そのまま林の中へ入っていった。

竹は傾いてあたかも客を招くようであり、松は聳えてまるで人を引くかのようだ。江村には人の跡は少なく、一本の径は苔の緑に縫いとられている。

林を抜けると、断続した鐘の音が聞こえ、笙や管の音が悠々と響いてきた。行童数人が楽器を持ち、十余人の僧侶が香を捧げて迎えに来た。山門に至ると、また一人の老僧がいて、鬢には雪白の髪が残り、顔には月のような光があり、腰を曲げて迎えた。大殿に入り、諸仏に参拝した。方丈に転ずると、紙窓と竹の家が風情豊かで、小草と名花が幽雅に咲き、休むにふさわしかった。器具は清潔で、微塵も生じていなかった。壁一面に斗方の詩画があり、すべて住持の道寂を讃えるものであった。

「百年の老樹は僧の臈を知り、一片の明月は古の心を映す」とあり、

「廿載、城市を遠ざけて、一心に古今を横たふ」とあり、

「風旛は想いに縁りて起つと解けたなら、明鏡には本より台なしと悟らん」とあり、

「慧は定の中より出で、覚は世の先に作す」とある。

魏推官はこれを見て言った。「この老僧はさだめし道寂和尚であろう。方外の高人として、賓主の礼をもって会うことができる」と。

老僧はしばらく謙遜して、やや脇に座った。まもなく茶が来て、果物や点心が並べられ、極めて精潔なものであった。ともに禅の話を交わし、互いに敬意を示した。総じて官人が禅を語るとき、その見解はすでに俗人を超えている。和尚たちも彼に合わせて話をするので、このような会話が成り立つのである。座が長くなって食事となり、遠方の産物が存分に出された。まるであらかじめ準備していたかのようであった。魏推官は言った。「上人は禅林の名宿にして、正しくも俗情を脱されている。先ほど僧行を遠くまで迎えに寄こして、かくも厚くもてなしていただいた。過分ではありませんか」と。傍らに一人の口の軽い小和尚が立っていて、こう答えた。「師祖は普段は軽々しく人を見るものではなく、礼法も省略しがちです。しかし三日前、定中において大いなる貴人が来られると知りました。特に小僧を城市へ遣わして野菜を事前に用意し、今朝になって僧行に門外で迎えるよう言いつけましたので、このようになりました」と。魏推官は「道寂上人は、果たして先を知ることができるのですか」と尋ねた。道寂和尚は「恐れ多いことです。小僧の浅はかな言葉です」と答えた。魏推官も笑いながら冗談だと思った。その晩は寺に泊まり、道寂和尚と心の通う友となった。寺にも「大檀越の魏老爺」という大きな赤紙の疏頭が立てられた。魏推官は冗談と思いながらも、わざかめしに試して、帰りとその後の毎回の通過時にも彼を訪ねると、もてなしはあの初日と変わらなかった。この度も魏推官はまた彼を訪ねた。府に着いてからは、例のごとく府県の衙門に出向いて倉庫を一通り調べ、人役を点呼し、罪人を一度取調べた。書吏に任せて矜疑の者数名を減免し、代巡の開釈を待った。府県の正官から、佐二雑職の賢否と、取り締まるべき不良な書吏について意見を求め、帳簿を作って代巡の賞罰を待った。折しも張太岳の母の喪に赴くため帰郷しており、両院三司はすべて江陵に弔問に出かけていたので、魏推官は任地に戻ることにした。

葫蘆を見て同じく画を描き、書吏は徒に奔波する。誰が公のために急ぐ者ぞ、虚心に磨き精を出す者を。

衙門に戻れば、先日の未処理案件を処理しなければならなかった。陳箎はかねてより単規を見つけて、大きな後ろ盾を頼んでいた。単外郎は主張した。千金が龍(貴人)を通れば、事無きを得られる。陳箎は言った。「魏四府は手を染めたことがないと聞いている。もし軽々しく乗り込んで一旦顔色を変えられれば、この件はかえって厄介になる。もし身近な縁故がなければ、張閣老の公子を頼むほうがよい」と。単外郎は笑って「私がやってやろう。張公子なら三千金では目も開けまいよ」と言った。陳箎は彼の言が正しいと思い、その通りに従い、千金を単外郎に預けた。単外郎は官が留守の間に、まず管家と相談した。管家は「奥方が欲しがっています。奥方が承諾すれば、主人も逆らえません」と言った。単外郎は意図的に挑発して「主人はたいそう法を守るお方で、奥方でも手が出せまいと思う。もしできるなら、万金だって手に入る」と言った。管家は「牛を縛るには牛縛りの法がある。すべて奥方次第だ」と言い、奥方のところへ行って相談すると、果たして奥方は一も二もなく引き受けた。単規はこうして六百両を奥方に贈り、管家には上乗せ六十両、仲介の後手には三十両、残りは単外郎の懐に入った。

千金で獅子の咆哮を買い出し、三方から好きにとびを伸ばす。

魏推官が衙に戻り、夕方に二人で少し酒を飲んだ。片づけを終えたところで、奥方がにこにこして言った。「一年以上官職に就いて、今日やっと大きな財が入りましたよ」と。魏推官は「査盤から戻って、折席や程儀を持ち帰ったことを言っているのかい」と言った。奥方は「そんなのが大財というものですか」と言い、袖から陳箎の訴状を一枚取り出して「この人から銀六百両を受け取りました。あなたが彼に便宜を図ってやってください」と言った。魏推官は言った。「この人は見逃すことができない。私はまさに彼を倒して名を立てようとしていたのだ」と。奥方は「名を求めるより利を求める方がいい。あなたは官職はよいと言い続けてきたが、今になってもこのざまで、京に返す借金さえ足りない。このひとまとめの銀があれば、返せるではないか」と言った。魏推官は「官が長くなれば自然と富む、奥方はそう焦らないで」と言った。奥方は「官が長くなれば自然と富む!もう二年進士になって一年推官をやって、まだこのありさまよ。目の前の銭を掴まなければ、いつまで経っても貯まらない。どうしようともあなたの好きに、でも私はこの銀が欲しい」と言った。魏推官は「誰がこれを持ち込んだのだ」と問うた。奥方は「天から送られてきたの、そんな馬鹿なことを言わないで。あなたが銭を取らなければ、昇進の時には男も盗人、女も娼婦も、みんなあなたに求めてくる。ただ聞くけれど、今銭を掴まなければ、後で誰が貸してくれるの。しかもこの件はもう他の者が調べてわかっているのだから、わざわざ人を傷つけることもない」と言い、怒りもあらわにただ騒ぎ立てようとした。

虎の心は元より猛々しく、豺の性は更に貪ることができる。何ゆえに名と義を解しながら、ただ利のみを耽るか。

魏奥方は銀を取り出して見せることもなく、さっさと寝てしまった。魏推官は管家を呼んで、わざと怒って見せて「お前ら奴輩、よくもやったな。誰がやったのだ」と言った。皆が銭を受け取っていたので、互いに顔を見合わせるだけで、一言も口を開かなかった。門番に責任を取らせようとすると、奥方がまた飛び起きて「あなたは私に手を出せない、彼らを使って打つつもりか」と騒ぎ出した。魏推官は声を出せなくなった。私衙の下役を取調べようとしたが、また騒ぎになることを恐れ、ただ隙を見つけて、常川で衙に詰めていないという口実で二十五の鞭を一人に与えて怒りを散らし、陰鬱なまま数日を過ごした。上司から催促が来て、やむを得ず従来通りの調書を作成した。単外郎はさらに奥方を脅かして魏推官を迫らせ、陳箎をきれいにして、亀子に罪をかぶせようとした。こうして陳箎は安心して高枕で眠り、亀子は首を延べて斬首を受けることになった。

初めは人を殺す気などなかったが、やむを得ず殺人の銭を受け取ることになった。筆を下ろせば矛戟のごとく、冤魂は九泉で泣く。

魏推官はこのことから、奥方がまたやりかねないと恐れて、私衙の警戒を厳重にし、外へ酒を飲みに行くことも控えた。

まもなく按院が牌を発して武昌府を按臨することになった。魏推官は先んじて府に着くと、衙門を封じ、すべての通路を塞いだ。本府の知照二員を呼んで水菜(来訪者への接待)を交代で担当させた。また奥方に向かって「一度はよいが、二度はいけない」と言った。奥方は「全くの貧乏神ね、貧乏神。まあ見ていなさい」と言いながら出ていき、門番に念入りに言いつけてから去った。もともと魏推官は分を守ってよくしようとする人であったが、このことで後ろめたく感じ、また人に知られることを恐れ、心の中で鬱々としていた。聖壽寺が近づくにつれ、一歩でも早く岸に上がり、道寂和尚と語り合いたくてたまらなかった。ところが林を抜けると、鐘も鼓楽の音も聞こえない。寺の門前に着くと、一人の小沙弥が見かけてあわてて呼びに行き、数人が走ってきて迎えた。搭子だけ持って僧帽のない者もあれば、短衫を着て偏衫を着ていない者もあった。走り上がっても、線香棒の一本も持てなかった。方丈に至ると、机の上には埃が積もり、椅子は東西にばらばらに置かれていた。道寂和尚はしばらくしてから出てきて、「出迎えが遅くなり申し訳ありません」と言い続けた。慌ただしく少し茶を飲み、晩には食事となったが、それも普通の料理ばかりであった。ちょうどあの口の軽い小和尚が世話をしていた。魏推官は彼に言った。「お前の師祖は、なぜまた先を知らなかったのか」と。小和尚は「誠に師祖がお申しつけをしなかったため、老爺への礼が欠けてしまいました」と言った。道寂和尚も急いで詫びを申し上げ、「確かにわけがございます。老僧も申し上げかねる次第で」と言った。魏推官は「どんなわけか、上人は遠慮なく話してください」と言った。道寂和尚は「申し上げれば荒唐に聞こえますが…。当寺の伽藍は最も霊験があります。貴人が通られる時は、三日前に夢でお知らせします。かつて張閣老が郷試のときに風を避けて当寺に来られた際も、伽藍がみなお知らせしました。それゆえ張閣老が大いに貴くなったとき、田十畝を施入してくださり、また霊験あらたかという扁額を伽藍殿に残してくださいました。今まで老公祖が来られるたびにお知らせしていましたが、今回は報告が漏れました。伽藍が出払っていたのか、別の事情があったのか、怠って報告しなかったのかわかりません」と言った。魏推官は「そのようなことが本当にあるのですか」と言った。道寂和尚は「老僧は嘘はつきません」と言った。魏推官は「私は武昌へ行きますが、往復で十余日です。上人は私のために伽藍に問い合わせて、どんなわけがあったか確かめてください」と頼んだ。この頼みは、魏推官にとっては半信半疑のことであった。ところがこの老僧は、本当に伽藍の前で祈り、「あなたは一寺の主、寺の興廃はすべてあなたにかかっている。どうして貴人への報告を怠り、魏推官の気に障るようなことをしたのか。今すぐ報告しなかった理由を明かせ」と何度も何度も言い続けた。まるで泥の神様に耳があるかのように。思えば、胸中の利害が紛々として揺れ動けば、口から出る言葉は絶えないものである。祈り終わると、この神人は果たして霊験があり、夜中に夢を見せて、その経緯を詳しく伝えた。老僧は大いに驚いた。

天廷は高くとも、神の目はすべてを照らすと知るべし。

半月を経て、魏推官が再び来た。しかしやはり前回の遠迎えの光景ではなかった。魏推官は見て笑い「伽藍はやはり霊験がなかったようです」と言った。老僧は口をもごもごさせながら「霊験はあります」と言った。魏推官は「霊験があるなら、なぜまた報告しなかったのか。それに私が前回頼んだ件は、いかがでしたか」と尋ねた。道寂和尚は言おうとして言えず、またしばらく黙った。魏推官は大きく笑って「伽藍の話は、やはりでたらめで私を支えているのでしょう」と言った。道寂和尚はさらに長く沈吟し、言えば推官を激怒させるか、言わなければ平素の話がすべて嘘になるという板挟みとなった。やっと「申し上げにくいことで」と言い出したところで、魏推官は「私と和尚は方外の知己です。なんでも遠慮なく話してください」と言った。和尚は「伽藍がこう申しました。老僧も信じかねますが」と言い、椅子を魏推官の傍に移して、小声で囁いた。「伽藍の言によれば、老公祖は将来、楚全体の撫を司り、位は塚宰に至る御運びとのこと。この地はその管轄下となります」と。魏推官は笑って「そんなことがあるわけないでしょう」と言った。和尚は「平素お知らせするのは、このゆえです」と言った。魏推官は「今回お知らせしなかったのは、私が楚の撫になれないということですか」と言った。和尚は「まことに申し上げにくい」と言った。推官がさらに迫ると、和尚は言った。「神人が申しますには、近日老公祖が某人の六百金を受け取り、生を殺して死者に替え、ある人を断罪しようとしている。天符が下され、楚の撫になれぬとのことで、ゆえにお知らせしなかったとのことです」と。この数句に、魏推官は驚いた。

華山の頂に立つようで、滄海の浜に落ちるようでもある。汗は重ね着を透して濡れ、身は主を失った心地がした。

なんとか顔を取り繕って言った。「下官は普段から自らを戒めてきました。一時判断が曇って、冤枉をきたしたことはあるかもしれません。しかし財を得て法を曲げたことは、実際ございません」と言い、落ち着いて座っていられず、立ち上がって船に乗り込んだ。道寂和尚は長い間丁寧に見送り、留まらせることができず、ただ寺の門で別れた。魏推官は帰路、大いに鬱々とした。亀子を呼び出して陳述させ、同人に頼んで証言を翻させようとしたが、陳箎に知れれば逆手に取られることを恐れた。しかもこの件はすでに部に届けられてしまっていた。もし覆してしまえば、真の窩家(主犯のかくまい人)は網をのがれ、偽の窩家が刑に処せられる。それもすべて私が銭を得たゆえである。笑うほかはない。貧しさゆえに乳虎(子虎)となってしまい、悔やみながら藩羊(柔弱な羊)となった。府に着いて、梆を伝えて門を開けさせ、まっすぐ書房に入ってふさぎ込んで座った。あの奥方はまた公事を引き受けており、推官が帰るのを待ちかねていた。推官がまっすぐ書房に入ったと聞いて、「おかしなこと」と言いながら、書房へ入ってきた。ただ魏推官が房内で、靴先で床をどんどんと踏みつけながら「八座(尚書)ひとつをあっさり失ってしまった」と言うのが聞こえた。魏奥方は笑いながら入ってきて挨拶し、「何の八座を失ったの?良いものなら、人を遣って探してこさせましょう」と言った。魏推官は「あなたの六百両の銀のせいで、私の吏部尚書が売り飛ばされてしまったのだ」と言った。奥方は「吏部尚書を買い取れるなら、銀子の方が良いわ」と言った。魏推官は一部始終を細かく話して聞かせ、「陰には鬼神がいて、四頭立ての馬でも追いつかない」と嘆き悲しみ、涙がこぼれそうになった。

漫然と箱の中の積み重ねを喜ぶが、誰か知らん、天の道は明らかに彰れていることを。魏州城の鉄を尽くして集めても、彼の「錯」の字を鋳ることはできぬ。

奥方は彼の怨み悲しむのを見て「あなたは私がまた何かすると恐れて、鬼の話をして脅かしているのでしょう。どうせまだ秀才だった頃の貧乏神があなたに憑いているのよ」と言った。奥方は話が通じないと見て、さっさと行ってしまった。まもなく張江陵の新例によって、南方の江洋(川賊)と北地の響馬(馬賊)は審問の上、確実に死刑となれば直ちに執行することとなった。勅命が下り、部からの文書が届くと、亀子と諸強人は皆それぞれ市中に引き出されて斬首された。まことに哀れ。

まさに花街の頭領であったのに、何ゆえに斬首の咎に関わったのか。蕭艾はことごとく刈り取られ、彩筆は嵐のごとき調書を織りなした。

魏推官はこれを聞いてますます落ち着かなくなった。考満を待たずして、病弱を口実に致仕を願い出て帰郷し、数年後に他界した。思えば、正当でなく得たものは、明らかに人の批判があり、陰には鬼の責めがある。丈夫たる者は心が清明で、一介の物をも取らない。鬼神がなくとも苟且なことはできないのに、まして財のために人を害するとは。浅はかさということで言えば、最も如何ともしがたいのが婦人であり、どうして彼女に家を任せられようか。この病の根は、まだ読書していなかった頃から、すでに富貴栄達の心を養っていたことにある。官になるやいなや共に放埒にふるまい、害をなさないことは一つもない。問いたい、財を守る者どもよ、財を貪るのは妻子を養うためか、官職を営むためか。もし自身さえ保てなければ、得られるはずの祿位もすべて削られてしまう、これで目を覚ませないでいられようか。幽冥のことは、まったく信じることもできないが、信じないわけにもいかない。法を犯して銭を取り、百姓を搾取するのはなおさら許されない。

もし分を聞くに従えば、他人が財を得たとしても、その罪過は終には自分の作ったものだという。聡明を恣にし性のままに行動すれば、たとえその中に染まらずとも、終には明らかでありながら明らかでなく、冤を洗い枉を雪ぐ四字に背くことになる。近来また書役を庇護して罪を免れさせる者を見かける。真に人を逼死させた者が、逆に原告となり、無辜の者が家を破り命を失う。青草を草刈りのように無実の者を刈り取り、学生を芥のごとく視る。督促の牌は火のごとく急ぎ、批駁の言は雲のごとく重なり、必ずや人を鍛えて獄に成す。蓋し批駁は書役の手に借りるゆえ、その牛耳を取られるのは当然であろう。しかし一人の冤が晴れぬどころか、かえって人を殺し家を滅ぼし、悍然として顧みない。ただ恐れるのは、人の怨みと天の怒りであり、それもまた免れ難いであろう。ゆえに古来断獄において戒めとされるのは、「惟れ官、惟れ反、惟れ内、惟れ貨、惟れ来、その罪は惟れ均し」ということである。官は官宦の勢力、反は恩讐の報復、内は妻子あるいは私人の請托、貨は賄賂、来は干謁の書札。要するに法を以て人を殺すことは一つなり、獄を按ずる者は慎み、懼れよ。