飛花詠(ひかえい)

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第十五回 謫(たく)を被りし御史、君遠き辺境にて帰還を思い焦がれ 姓を改めし貴人、旧き中堂を忘れず、死を賭して名乗り出ず

詞に曰く:

 忠臣はただ望む、朝廷が奸を正しく除かんことを

 誰が身命を惜しまんや、遠く疎れたるとも嘆くなかれ

 生還の時は必ず来たる

 再び相逢えば面差し変わり、いずこに糸と針を求めん

 旧き根を語り出だせば、久しき縁と知るべし

                    右、菩薩蠻の調べに

 さて、端居は宜城県を離れてより、長江を下って故郷へと帰り着いた。風は穏やかに浪は静かに、ほどなく家に戻り、家屋を修め、祖先の墓に詣で、然るのちに親戚・知人への挨拶回りを果たした。朱天爵に会い、はじめて昌全が帰郷して官職に就いたことを知り、驚きと喜びとが入り交じって、急ぎ訪ねた。昌全と端居の二人が顔を合わせれば、互いの鬢にはすでに霜が降り、慰め合い、喜びを抑えることができなかった。昌全はしばし離れ離れになっていた苦しみを語り、また継嗣のこと——いったんは子に恵まれながらも、その子が去ってしまったこと——についても話した。今は聖恩を蒙ってようやく帰り、かろうじて命をつないでいると言う。端居は言った。「別れてよりこのかた、仁兄のことを案じ続け、今生ではもはや会えぬものと思っておりました。それが思いもかけず、二人ともに無事でこうして再会できるとは。誠に人生の僥倖というものですね。」そして自らも娘を失ったことを話した。幸い、弟が螟蛉の子(養子)を迎えてくれたので、老後の慰めにはなると言う。昌全が「ご令息はいっしょに帰られなかったのですか」と問えば、端居は「倅は幸いにして一定の功名を得まして、今また上京しているところです」と答えた。

 昌全は大いに喜んで言った。「ご令息が大いに出世されたのも、みな仁兄が積まれた徳のなせるわざでございましょう。まことに羨ましい限りです。」端居は問い返した。「仁兄も継嗣を得たとのことでしたが、音沙汰がなくなってしまい、近頃は何を膝元の慰めになさっておいでですか。」昌全は問われると、眉をひそめながら言った。「不肖、福が薄く、子を得ながらも子なき身も同様。ただ天が憐れんでくださったか、窮した旅の途上にて、一人の女子を引き取ることができました。娘は息子には及ばずとも、その才気と情感においては男子をも凌ぐほど。それを頼りにしてほんの少し寂しさを紛らわせております。」端居も喜んで言った。「仁兄に玉のような娘御がいらっしゃるとは、誠におめでたいことです。」昌全は嘆息してこう続けた。「拙者は子を得たと思えば娘となり、仁兄は娘を得たと思えば男子となる。まこと、世のならぬ道理のめぐり合わせには、誰しも測り難いものがありますな。」そして言った。「倅が上京して試みを受けた折、朱天爵のとりなしで、仁兄にご快諾いただいた縁組のことも、今となっては。誰が思いましょう、我ら二人の老いぼれが健在であるのに、若い二人はまるで鏡の花・水の月のごとく、跡形もなくなってしまいました。まことに嘆かわしいことです!」二人が悲しいことを語り合えば、互いに涙を落として嗚咽した。しばらく語り合った後、ようやく別れた。まことに——

  真実糊塗にして偽りの情ありやなしや、目の前の行き違いを耳はいかに聞くか。

  親しき娘も息子もいずれを識らず、かえって他人から螟蛉子と聞かされるとは。

 昌全と端居は、縁組は望むべくもなくなったが、苦難を共にした無二の友として、日々行き来し、互いを慈しみ合った。端居は無事に帰宅したことを詳しくしたためた書状を息子に送り届けた。試験の期日が過ぎると、端居は祖先の霊前に祈り、息子の早き栄達を願った。幾日もしないうちに、早くも吉報が届いた。端昌が第六名の進士に及第したという知らせであった。

 端居と李氏は大いに喜び、報せ人を送り出した。たちまち親戚縁者が門を埋め尽くして礼を持って祝いに訪れた。端居は連日来客をもてなし、大いに酒を酌み交わした。半月ほど続いたが、それでも客の招待は終わらぬうちに、再び知らせが届いた。端昌が榜眼(第二位)に入選したとの報である。先の進士合格も喜ばしいことであったが、それほど格別とも言えなかった。しかし今度の榜眼の知らせには、また一段と賑わいが増した。誰もが驚き、誰もが称えた。ほどなく府の長官も県の長官も、みずから門を訪ねて祝いを述べ、華亭の県官は人をやって旗竿を建て、扁額を掲げさせた。人々が争って見物に集まり、誠に賑やかなことこの上なかった。

 さて、端昌は父が病を称して郷里へ引き上げたと聞いて以来、心もとなく、疑い惑いつつも、軽率に離れることができず、心を鬼にして知らせを待ち続けていた。しばらく後、家の者が書状を持って訪ねてきた。端昌は急いで封を開けて読み、父が柳家との縁組を断って辞任帰郷したいきさつを初めて知り、ようやく胸を撫でおろした。そして思った。「上疏してから三月近くになる。なぜまだ鳳老伯(鳳儀のこと)のご一家が戻ってこないのだろうか。」日々人を外に出して探りを入れさせた。

 さて、鳳儀は途上で娘を失って以来、王夫人とともに泣き悲しみながら宿駅に身を落ち着けた。王夫人は女のことを思い出しては故郷に思いを馳せ、みずから慰め、みずから嘆いた。風霜の苦しみを受け尽くし、寒暑の辛さを耐え続けた。鳳儀と王夫人にはどうすることもできず、ただ心を落ち着けて忍び続けるほかなかった。この時、朝廷の正直忠良の士はことごとく退けられており、鳳儀と交友のある者も、みずからの身家を守るのが精一杯で、誰が虎の鬚を撫でて逆鱗に触れるようなことをしようか。帰還できるとは望まなかった。曹吉祥・石亨の二権奸は鳳儀がもはや生きて戻れまいとみて、追及を止めた。そのため鳳儀は流刑地において、辱めを受けることも栄誉を得ることもなく、ただ駐屯地から多少の銭糧を受けて日を送った。また彼は御史(監察官)の出身であり、人々から一目置かれていた。ゆえに辺境の武官たちは兵卒に言い含め、宿駅の近辺を騒がせたり驚かせたりしないよう申し渡した。折節には贈り物をして援助することもあった。こうして鳳儀は宿駅において比較的穏やかな日々を送っていた。

 気づけば六、七年が過ぎていた。夫妻二人には朝廷に子も親族もなく、一日一日をやり過ごすばかりで、帰郷の望みも持てなかった。ある日、鳳儀は宿駅の中で手持ち無沙汰になり、家の者を一人連れて山の前まで出て遠くを眺めた。しばらく眺めていると、ふと東北の方角に向かって言った。「あちらの方角が帝京でございましょう。聖恩を蒙り、死を賜らずに余命を保ち得ました。今この漠外にあって、天は遥かに高く、九重の御前に想いを届けるすべもありません。ただ心だけを帝闕に馳せて、臣としての務めを尽くすほかございません。」そうして東北の方向に向かって両膝をついて跪き、幾度も拝して「万歳!」と呼ばわった。

 傍らにいた家の者は主人のこの有様を見て、内心おかしいと思った。鳳儀が拝し終えると、家の者が助け起こし、あたりを一巡りして眺め回した。鳳儀は東南の方向を指さして家の者に言った。「あちらの白雲の果てが、私の故郷じゃ。たとえ翼があっても、もはや帰ることは叶うまい!」言い終えると、うつむいて深く思いに沈んだ。茫然としていると、ふと顔を上げると、遠くに一団の人影があった。十数人の、いかにも都ふうの大柄な男たちが馬を飛ばして一直線にこちらへ向かってくる。山の麓まで来ると、人がいるのを見て大声で呼んだ。「おい、山の上のご老人よ、榆林の宿駅に鳳老爺というお方のお住まいをご存じか!」

 鳳儀は突然問いかけられて、答えるのをためらった。家の者はおびえて動揺し、こっそりと言った。「旦那様、大変です!まさか京で何かあって、また校尉(錦衣衛の役人)を差し向けてきたのでは?先ほど旦那様が拝んだためにこうなったのでは?これは一体どうすれば……。」鳳儀は思った。「朝廷が人を捕らえるというなら、なぜ口々に老爺と呼ぶのか。きっと別のわけがあろう。」意を決して問い返した。「あなた方は彼に何の用があるのですか。」大柄な男たちは答えた。「我らは京より遣わされ、鳳老爺の栄転をお伝えし、新たなご赴任先へお迎えに参ったのでございます。」

 家の者はこれを聞いて喜びのあまりよろめき、「なるほど旦那様の一拝で、もうすぐ官になれたわけですな」と叫んだ。そして大声で言った。「鳳老爺を探しているのなら、ここにおられますよ!」男たちは「本当に鳳老爺でございますか」と確かめると、家の者は「何が嘘だもんですか!私がだますとでも?」と言い返した。男たちは本物とわかると、一斉に馬を降りて山の上へ上がり、一列に跪いて拝礼し言った。「老爺、おめでとうございます。元のご官職にお戻りでございます。早速ご命令をお受け取りください。」鳳儀は急ぎ一行とともに宿駅へ戻った。家の者はすでに王夫人に知らせを届けていた。鳳儀はただちに香案(香炉台)を整えて謝恩の儀を行い、詔書を開いた。そこには次のように記されていた。

 新科榜眼・翰林院編修の臣・端昌、一本を奉る。奸を除き賢を薦えん事につき、聖旨を奉りて拝覧す。曹吉祥・石亨の朋党の奸を弾劾し、その悪跡は甚だ明らかなり。ただちに官を削り処断せよ。曹・石の罪は不赦と定まりたれば、鳳儀の遠謫は無辜なり。元の官職に復せよ。該部これを知れ。

 鳳儀は読み終えて、驚きと喜びとが入り交じった。喜ばしいのは元の官職に戻り、故郷へ帰れること。驚いたのは、この端という姓の新科榜眼が、年若くして一面識もなく、親戚縁者でもないのに、なぜ命がけで自分を救ってくれたのかということ。この大恩大徳は、生涯忘れることができないと思った。また考えた。「彼は新進でありながらこの気概を持ち、自分の遺志を継ぎ、君王を動かして奸を除いた。その一片の忠肝義胆は、私の十倍にも勝る。朝廷にこのような忠良があるとは、誠に社稷の福である。」そして詳しく王夫人に話して聞かせた。

 王夫人も言った。「一面も識らない方が、生死をも顧みずに我ら二人を救い、故郷へ帰してくださった。家に着いたら木像を刻んで拝しても、なお恩に報いきれないほどです。」夫婦は喜びに満ちて荷物をまとめた。知らせが広まると、武将たちは鳳儀が勅命によって上京し、御史の職に戻ることを知った。日頃から功績を偽ったり法を犯したりしてきた者たちは、鳳儀が京へ行って言い立てることを恐れ、こぞって見送りに来て、それぞれに手厚い贈り物をした。鳳儀は旅の資金が乏しかったので、笑って受け取った。そして王夫人とともに北京へと旅立った。まことに——

  かつて遠謫されし時には愁いて如何ともし難く、今日生還し笑いに声あり。

  万死も辞せず大節を守り、一朝解放されるは再びの生なり。

 鳳儀はほどなく京に到着した。京まで遠からぬところで、差人たちが先に馬を走らせ城中へ知らせを届けると、各衙門・府・県は慌ただしく役所の準備をさせ、城門の外へ出迎えに出た。まもなく鳳儀を迎え入れたが、鳳儀はまず衙門には入らず、公館を借りて一夜を過ごした。

 翌日の暁、入朝して謝恩と拝謁を済ませ、そののち王夫人とともに衙門へ入った。ほどなく同僚が訪ねてきて、各々が祝いを述べた。鳳儀が客を見送って廊下まで戻ってきたところに、門番が知らせを持ってきた。「新科榜眼の端老爺がお越しになり、老爺のご親族であると仰せで、名刺がございます。」鳳儀は榜眼の端昌と聞いて、ちょうど礼を言いに行こうと思っていたところ、思いがけず相手の方から先に来てくれたとわかった。さらに至親(親しい縁者)と称するとあるのを見て、急ぎ名刺を取り上げて確かめると、そこには「愚表姪小婿・端昌、頓首百拝」と書かれていた。

 鳳儀はこれを見て、思わず大いに驚いた。心の中で思った。「わが親族にこの姓の者はいない。年家(同年の縁)にも見当たらない。また小婿(女婿)と称しているが、私には娘を嫁がせた覚えがない。」さらに思った。「娘を一人もうけたことはあったが、すでに行方不明となっている。しかも当初から誰かに縁組を決めたわけでもないのに、なぜ小婿などと書くのか。」一時、心が疑惑でいっぱいになり、かえって会うことを躊躇した。家の者に向かって言った。「端爺にこう伝えてきなさい。老爺は大変な恩義を感じておりますが、着任したばかりで朝廷の務めがまだ終わっておらず、まだご挨拶に伺えておりません。ほどなくご本人が伺いますと。」家の者は急いで出て行き、端榜眼の轎(かご)のそばへ行き、老爺の言葉をそのまま伝えた。

 端昌は急いで轎を降りて、笑いながら言った。「私はあなたの旦那様の至親なのに、なぜよそよそしくされるのか。」そのまま有無を言わせず、まっすぐ堂の上へと上がってきた。家の者も止めることができず、慌てて鳳儀に知らせた。鳳儀はやむを得ず急ぎ出迎えに出た。遠くからこの端榜眼を眺めると、誠に若く、せいぜい十八、九歳ばかりで、雪のように白い顔に紅のような唇、烏帽子(烏紗帽)を戴いて大紅の円領(官服)を纏い、ますます映えて見えた。にこにこと笑いながら歩み寄り、言った。「老伯(叔父上)、愚姪(甥の私)と小婿(娘婿)とを、まだ覚えておいでではありませんか?」供の家の者はすでに赤い毛氈を敷き、端榜眼はさっさと椅子を真ん中に置いて、鳳儀に座るよう促した。

 鳳儀はこの若者が親しげに呼びかけ、盛んに拝礼をしたがるのを見て、いよいよ訳がわからなくなった。やむなく急いで支え止めて言った。「私は辺境に流されて、死ぬものと思っておりました。大恩人のお力によって権奸を除き、この老いぼれを救い返し、さらには元の官職まで取り戻してくださいました。君に忠なることの報い、危機を支えるの義、このようなお若い方がかくも忠義をお持ちとは、古人にも比すべきことです。今朝の拝謁を終え次第、すぐにご挨拶に伺おうと思っておりましたのに、大恩人の方からまず礼を施してくださいましたとは、私こそ恐れ入ります。」言い終えると、急いで一緒に拝礼しようとした。

 端昌は急いで支え止めて、笑いながら言った。「尊卑の礼は古来より定まっております。乱してはなりません。老伯に上座にお就きいただき、愚姪が拝見するのが筋でございます。」鳳儀は言った。「恩義のことはさておき、大恩人は翰苑(翰林院)の名流であられ、御史に拝礼されるわけにはまいりません。」端榜眼は言った。「愚姪と老伯はもとより至親の間柄、名分の関係ゆえお会いしたいと申しております。なぜ他人のようにお扱いになるのですか。老伯はしばらくの間に愚姪のことをお忘れになったのでしょう。どうぞ中へ入って老伯母(叔母上)にお会いください。老伯母は必ずわかってくださるでしょう。」

 そう言いながら、そのまま奥の衙門へ入って夫人に会いに行こうとする。鳳儀はいよいよ驚き慌てて、急いで引き止めて言った。「大恩人、どうかまずお掛けになって、わけを明かしていただきたい。それからでも遅くはありません。私は流刑の年月で頭が混乱しておりまして、以前のことはすっかり朧になっております。しかし細かく考えてみても、一切のご縁故の中にもかくなるお名前は見当たりません。娘が一人おりましたが、当時まだ誰にも嫁がせておりません。大恩人はどのようなご縁でいらっしゃり、また娘とはどこでお約束なさったのか、詳しくお聞かせいただければ、この迷いも晴れましょう。」

 端榜眼は問われてようやく笑顔になり、言った。「老伯の疑いはもっともなことです。愚姪はもともと端という姓ではありません。端と名乗るのは、難を逃れた後に恩父のもとで引き取られた際に改めた姓でございます。本来の父上の姓は唐でございます。令嬢との縁組も、唐家の時分に老伯母と直接お約束したことであり、端家の話ではございません。老伯も老伯母にお確かめになれば、愚姪が小婿と称したのは偽りではないとわかってくださるはずです。」

 鳳儀は長らくもやもやしていたところに、唐という姓を聞いて、はっとして問い返した。「大恩人、もしかして私の表弟・唐希堯一家のお方ですか?」端榜眼は即座に答えた。「唐希堯は家君(父)でございます。」鳳儀は表弟・唐希堯の息子と知るや、驚きと喜びが一度に来て、急いで言った。「それならばあなたは本当に私の表姪(甥)ですね!」端榜眼は言った。「本当でなければ、こんな名乗りはできません。」そして拝礼しようとした。鳳儀は言った。「少し待ちなさい。あなたの伯母(叔母)に会ってからでも遅くはない。」二人は手を取り合い喜びながら、鳳儀が端昌の手を引いて奥座敷へと連れて行き、大声で呼んだ。「夫人はどこにいる?早く来てくれ!」王夫人が急いで出てきた。鳳儀は手で端榜眼を指し示して言った。「夫人、この方がわかりますか?この方は私の姪、表弟・唐希堯の息子、上疏してこの私を救ってくれた恩人ですよ。」

 夫人はこれを聞いて大いに喜び、急ぎ前に出て仔細に見た。「そうです、そうです!言われなければわかりませんでしたわ。」端榜眼は鳳儀と王夫人に上座へ着くよう請い、四度の拝礼を行った。王夫人は言った。「別れて幾年にもなりますのに、賢姪がこれほど立派になられて。今また皇家の翰苑に奉職されているとは、叔父叔母は誠に果報者です。ただ、なぜ姓を改えられたのかが。」端榜眼はそこで、別れた後に危害を受けて姓名を改えたいきさつのすべて、さらには上京して試験を受けたこと、父母を探し訪ねたが行方が知れず今も方々で尋ねているが便りがないことを、一から話した。話し終えると、三人それぞれに涙を流した。

 端榜眼は涙を拭いてさらに問うた。「賢表妹(従妹)ももうだいぶ大きくなられたことでしょう。お会いできますか。」王夫人は端榜眼が従妹に会いたいと言うのを聞いて、思わず胸を締め付けられ顔色が変わった。「賢姪よ、従妹のことを聞こうというのですか。聞かない方がよいと思いますよ。」端昌はこれを聞いてひどく驚き言った。「伯母様、それはおかしな仰りようです。どうして聞いてはならないのですか。かつて《詠飛花》の詩に和したおり、老伯(叔父上)にお目に留めていただきました。その後《詠飛花》の詩を続けて詠んだ折には、老伯母にご愛顧いただき、夫婦の縁を結ぶとおっしゃったのも老伯母のお言葉でした。《長相思》の詞をもって従妹と密かに誓いを交わしたことも。この誓いがあればこそ、流浪し九死に一生の目に遭っていた間も、忘れたことは一度もありませんでした。功名を得て意気揚がる折にも、背くことなど考えもしませんでした。それがようやく今日、老伯と老伯母が辺境より帰られ、私も幸いにして仕官が叶ったというのに、なぜ従妹のことを聞いてはならないのですか。おかしな、おかしな!」

 王夫人は彼の話が痛切で、思わず声を上げて泣き出し、端昌の手をしっかりと掴んで言った。「情に厚く義に篤い賢姪よ!従妹はあなたに約束した、だから聞いてはならないなどと言うはずがありません。ただ可哀想に、聞くには遅すぎたのです。今はもう聞いても詮なきこと。」端昌は愕然として言った。「詮なきこととはどういうことです?伯母様、早く話してください。」王夫人はまた激しく泣いて言った。「孝行な私の娘よ!薄命な私の娘よ!あなたと一緒に行って一緒に帰ろうと思っていたのに、まさか途中でこんなふうに引き離されようとは!」鳳儀もそばで涙を流しながら嗚咽した。

 端榜眼はこれを見て、驚き急いで問うた。「二大人がこれほど嘆かれるとは、まさか従妹に何か不測のことでも?」王夫人は泣くばかりで、言葉が出てこない。鳳儀が代わって言った。「私が次々に貶せられ、娘も連れて宿駅へ向かう途中、思いがけず天雄関で兵変が起き、兵民が混乱して娘とはぐれてしまった。踏みにじられて死んだのか、他の土地に流れ着いたのか、知る由もない。私ども老夫婦は泣き続け、思い続け、今も夢見ごこちで心が落ち着かない有様です。」

 言い終えると、王夫人はさらに激しく泣いた。端榜眼はこれを聞いて顔面蒼白になり、四肢の力が抜けた。抑えることもできず涙がぽろぽろと流れ落ちた。「小姐よ!小姐よ!なぜ私とあなたとは、かくも薄命で縁薄いのか!月の下で詩を詠み交わし誓いを立て、生死を共にすると誓ったことを、今もまざまざと覚えております。それがついに夢と消えてしまうとは!あの数年の胸の内に抱き続けた想いは、すべて東へ流れる水に流されてしまうのでしょうか。」言い終えると、哀しく声を上げて泣き崩れ、嗚咽して言葉も出なかった。

 鳳儀と王夫人は彼のこの有様を見て、心から哀れに思った。涙を拭いて自分たちも泣くのをやめ、端昌を慰めて言った。「娘の福が薄く、賢姪の輿入れを受けることができなかった。賢姪はまだ若い、きっとご縁のある方と巡り合えましょう。どうか心を開いてください。」端榜眼は言った。「甥は小姐のために流浪し病を得、生きることすら嫌になるほどでした。今日まで死なずにいるのは、ひとえにこの縁を成就させたいためでした。それが今永の別れとなるとは。あの日従妹と誓いを立てた時、男は義を持ち女は節を守ると申しました。今となっては従妹の生死に関わらず、私はただ固く誓って妻を迎えぬのみです!」

 鳳儀はやむを得ず慰めて言った。「賢姪は難を逃れて生き延びた身、どうして娘が天涯のどこかに生きていないと言えましょうか。娘もまた賢姪と娶りたい嫁ぎたいという真心を持っていれば、その一念の誠に、天も必ずや報いてくださるはず。この世には奇奇怪怪なことも少なくない、あるいはまだ再会の時が来るかもしれない。賢姪は翰苑に在ってもまだ待てる年齢にある。私も帰ってきた今、探しやすくなった。」端榜眼もこの時はもうどうにもできず、涙を収めて暇乞いしようとした。王夫人は引き止めて言った。「私たち三人が京に揃っていては、何とも心細い。賢姪は荷物を運んできて一緒に住んで、みんなで相談しながら探しましょう。」端榜眼も離れがたく、家の者に宿所の荷物を運ばせて、ここに住まわせてもらうことにした。

 さて、端居と昌全の二人は故郷において、生死の際を経て再会し、昔日の子どもたちの縁のことを想い、以前にも増して親密に付き合っていた。朱天爵はすっかり二人の遊び友達となり、毎日連れ立って山に登り、川を訪ね、月を眺め、花を探した。あちらが誘えばこちらが招き、三人は誠に楽しい日々を送った。

 ある日、船の中で朱天爵が言った。「かつて私はあなた方二人が姻戚となって往来されることを期待しておりましたが、思いがけず今では互いに別れ別れとなり、雲散霧消となってしまいました。今一つ申したいことがあるのですが、二人はお聞きになりますか?」昌全と端居が声を揃えて言った。「我ら旧友、仁兄のお言葉、謹んで拝聴します。」朱天爵は言った。「近頃聞けば、お二人にはそれぞれ子どもがいるとのこと。端兄のご令息は高い功名を得たとはいえ、まだ妻を迎えておられない。昌兄の令嬢は大きくなられたとはいえ、まだどこへも縁組を決めておられない。かつてのお二人のように改めて姻戚となられれば、親縁は絶えることなく続きます。昔は昌の息子と端の娘、今は昌の娘と端の息子。陰が陽となり、陽が陰となる。縁の組み換えは、またもや奇縁というものではありませんか。お二人のお心はいかがですか?」

 二人は聞いて、しばし思案してから、それぞれにうなずいて言った。「朱兄の妙論、ますます奇想天外、仲人の才に長けておられます。」朱天爵が問うた。「令息殿はいつ頃お帰りになりますか?」端居は言った。「先日の書状に、近いうちに暇をもらって親孝行のために帰ると書いてありましたので、もうそう遠くないでしょう。」朱天爵はさらに続けた。「今日こうして話が決まりましたから、令息が帰られたら、拙者は必ず祝いの酒をいただきに参ります。」三人は大笑いした。まことに——

  旧き縁を改めて新たな縁となす。誰が思わん、新たな縁が旧き人なりとは。

  天の意は錯綜して人には知れず、ひとたびの春が二たびの春と知られる。

 さて曹吉祥と石亨の二人は、端榜眼の上疏によって罷免されてよりというもの、言官たちの弾劾が相次ぎ、ほどなく勅命によって処刑された。また二人に付き従ったその他の徒党についても、ある者は削職、ある者は処断され、常勇もたちまち職を剥奪されて罪に問われた。担当の役人は鳳儀の忠義を買って、彼を淮揚の塩院(塩政の役所)に任命し、数年の苦労に報いた。ほどなく辞令が下り、鳳儀は謝恩して朝廷を辞し、辞令を受け取って王夫人とともに出立した。

 端榜眼は鳳儀が外任に出て間もなく出発するのを見て、自分も京に一人残るのが心寂しくなり、思った。「いっそ一緒について帰って、親孝行の里帰りをしてから、また戻ればよいではないか。」そこで上疏して省親(親への帰省)の暇を願い出ると、それも許可された。端榜眼は許可が下りると、喜び勇んで鳳儀・王夫人とともに京を出発した。この旅によって——

  鉄の靴を踏み破るほど探し求めた末に、ついに夫婦の縁が結ばれようとしていた。

 その後の成り行きはいかに?次回をご覧あれ。