飛花詠(ひかえい)

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第五回 秀才、軍中にて奇計を出だし一時の遭際を得る 兒女の情、再び詩を題して面と向かいて挑み合う

詞に云う:

 踏莎行の調べに

 面の皮は剥げ落ち、身は枯れ力も萎えたれど、

 胸中の才学はなお残るべし。

 言を聴かれ計を用いられることもあれば、

 匹夫といえどもしばしば封じられ拝せられる。

 性は自ずから情を生み、

 美しきものを誰が愛でずにいられようか。

 秋波はぴったりと眉黛に寄り添う。

 撮合わせも手配も要らぬ、

 おのずとすべて風流の態となるのだ。

  さて、鳳儀が京へ上ったことは、しばらく措いておこう。昌全が杜氏とともに、差人に連れられて夜明けに出立し夜は宿に泊まりながら旅を続け、燕京に着き、さらに潼関を出て、数えきれぬほどの辛苦をなめ、幾多の風霜を経て、長い日月を経てようやく辺塞へたどり着いた話に移ろう。差人は宿場の客店に一行を落ち着かせると、翌日に帥府へ出頭するつもりで算段を始め、昌全に言った。「明日いよいよ投到(出頭)するのだから、何事も早々に準備しておかねばならぬ。手抜かりがあれば、明日には苦い目を見ることになるぞ。」

  昌全はその言葉に心が動転し、やむなく手厚い礼物を用意して人を介して通じさせた。そうして翌日、差人と連れ立って出頭した。総兵の周重文は事情をよく心得ており、来文を確認するとすぐに批准し、回文を与えてこう言った。「軍路で負傷したのであれば、処罰するのは不都合。とりあえず名簿に記入して隊に編入しておく。後日功績があれば贖罪を認めよう。」昌全はすぐさま頭を地につけて礼を言い退出した後、隊の仲間たちに酒を設けてもてなした。二日後、護送の差人は別れを告げて帰路についた。これ以上は触れないでおこう。

  さて隊の者たちは、昌全がもともと秀才、つまり文人であることを知っていたので、それほど手荒く扱わなかった。書き物の仕事はすべて昌全が引き受け、昌全の重い作業は皆が助けてくれた。そのため昌全と杜氏は平穏に過ごすことができ、さほど苦労せずにいられた。気づけば一年余りが過ぎ、各営の兵士たちは皆昌全が文が書けることを知り、休暇の申請、病の届け、食糧の請求、衣甲の支給申請など、さまざまな手本(申請書)を書いてもらいに来るようになった。字は端正な楷書で、文章も明快ですっきりとしていたので、総兵の周重文が目にするたびに情理に適い法に障りなしと判断して、許さぬことがなかった。周重文は心の中でこう考えていた。「軍営のあの鈍い兵士どもは、字もろくに読めぬのに。これらの手本はいったい誰が書いているのか?かねてより人を遣わして調べたいと思っていたが、軍務に追われてそのままになってしまっていた。」

  ある日、一人の兵士が飲みすぎて酒に酔い、乱暴狼藉を働き、人に当たり散らし物を奪いとった。この報告を受けた総兵周重文は、翌朝縛り上げて連行するよう命令を下した。兵士は真夜中に酔いが醒めると、将が自分を捕まえようとしていると知り、魂が飛び去るほど恐ろしくなった。心の中で思った。「将は酗酒や乱暴を最も忌み嫌っている。連れて行かれたら、首を斬られるまでもなく、縛り打たれるだけでも死も同然だ。」昌全の書く手本が優れていることを知っていたので、夜中のうちに昌全のもとへ駆け込み、手本を書いて罪をはらしてもらうよう頼み込んだ。

  昌全は問うた。「おまえの家に老母はいるか?」兵士は答えた。「とうに亡くなりました。ずっと独り身でしたが、ほんの数日前にようやく妻を娶ったばかりです。」昌全は言った。「妻糧(妻の糧食支給)の申請はしたか?」兵士は「まだです」と答えた。昌全は言った。「ならば、助かる道がある。」そうして手本を一通書いてやり、こう言い含めた。「おまえはただこう言え。『貧しき兵士は長らく身寄りなく孤独に過ごしてきましたが、ありがたくも老爺(将)のお恵みにより妻を娶ることができました。跡継ぎの望みが生まれ、宗家が絶えずに済むと心が浮き立ち、ついつい杯を重ねてしまいました。一時の酔いにより老爺のご禁令を犯してしまいました。醒めてみれば悔やんでも悔やみきれず、死をもって詫びる覚悟でございます。ただ、老爺のご慈悲により数日の猶予をいただき、妻を送り出し、祖先の位牌を焼いてから、死罪を受けさせてください。それこそが老爺の格外のご恩でございます。』」

  兵士はその言葉をしっかり覚え込んだ。翌日、獄卒に縛られて総爺(総兵)の前に連行された。周重文はひと目見るなり大声で怒鳴りつけた。「なんと大胆な奴!本鎮はかねてより酗酒を厳禁としているのに、なぜあえて犯した!殺さずして威厳は保てぬ。」と刀斧手(処刑の者)を呼びつけた。兵士は慌てて申し上げた。「お訴え申したいことがございます、どうか御覧ください。」獄卒が手本を差し出し、兵士は昌全に言い聞かせられた言葉を哀れにも泣きながら申し上げた。周重文はこれを耳にして、すでに三分ほど心が動いた。さらに手本を見ると、こう書かれていた。

  恩寛法緩死を懇願する件について。

  貧しき兵士は上にも下にも頼る者なく久しゅうございました。昨日は老爺のご仁恵にあずかり軍妻を一名娶ることができ、内助を得て子が生まれる望みもでき、一時の喜びのあまり飲み過ぎて乱舞し、知らぬ間に老爺のご禁令を犯してしまいました。悔やんでも悔やみきれず、死をどうして辞しましょうか。ただ喜びのあまりに過ちを招いてしまったことが、痛恨の極みでございます。助かりを求めながら死を賜るのは、まことに哀れな次第でございます。どうか天の恩恵により今しばらくの猶予をいただき、貧しき兵士がまず三日だけ妻を落ち着かせた後に、一刀の苦しみを受けさせてくださいますれば、法の外のご恩として感謝いたします。哀訴してやまない次第でございます。

  周重文は読み終えると、しばらく哀惜の思いにとらわれてからようやく問うた。「新妻を娶ったというのは本当のことか?」兵士は答えた。「全営が知っておりますのに、どうして嘘が申せましょう。」周重文は言った。「新妻を娶ったばかりで飲みすぎたのなら、事情としてまだ許せる。今回は許してやる。再び酗酒を犯したら絶対に許さぬ。縛を解いてやれ。」兵士は解放され、ひたすら頭を地につけて礼を言った。周重文は言った。「罪は許してやるが、正直に言え、この手本は誰が書いてくれたのか?」兵士は答えた。「昌全に頼んで書いてもらいました。」周重文はまた問うた。「この昌全というのは、昨年、御旨を奉じて松江府華亭県から引き立てて来たあの軍犯のことか?」兵士は答えた。「まさにその者です。」

  周重文はそれを聞くと、兵士を退がらせ、すぐに人をやって昌全を呼んだ。しばらくすると昌全が呼び出されてきた。周重文は問うた。「おまえが軍に来て以来、本鎮はまだおまえの素性を審問したことがなかった。今日は詳しく話してくれ。そうすればこちらも才能に応じた仕事をあてがえる。」昌全は問われるまま、頭を地につけながら申し上げた。「犯軍(罪のある兵士)は幼い頃より書を読み、すでに泮宮(学校)に入っておりました。ただ、祖先の代より軍籍があり、除名されぬままでありましたため、明旨を賜り辺庭へ充軍となりました。こうして老爺の軍前にて走狗の労を尽くすことができております。」

  周重文はこれを聞いてため息をついた。「なるほど文人の出であるから、こうした手本が書けて情理にも適うのだな。本鎮はかねて文人を重んじている。どうしておまえをこのように粗末に扱っていたのか。今後は本鎮の左右に仕えて文籍(書類)の処理にあたれ。もはや行軍に随わなくてよい。」昌全はすぐさま礼を言った。それ以来昌全は日々内衙にて文冊の処理にあたり、往来の書簡や四六文(対句の文章)もすべて昌全が草稿を作った。周重文は彼の文章の清雅さを大いに喜んだ。かつての同班の仲間たちも、上官が昌全を重用するのを見て、皆へつらうようになった。昌全はそれを意に介さず、ただひたすら真面目に職務を守るのみであった。

  ある日、関外に急を告げる報告が届き、他の鎮の守将たちが次々と戦に敗れたという知らせが入った。周重文はこれを見て、不安にならずにはいられなかった。救援に行こうとすれば、良策も良謀もすぐに思い浮かばない。かといって救援しなければ、朝廷から傍観・前進せずの罪を咎められるおそれがある。悶々として晴れない様子であった。昌全はその心中を察し、折を見て一計を献じた。「今、敵は遠方から来て、連戦連勝を重ねているはずです。おそらく驕り高ぶって侵攻してくるでしょう。今、老爺が兵を率いて救援に向かわれる際には、正面から戦う必要はありません。ただ乱石の林の後ろに伏兵を置き、敵兵が通り過ぎるのを待って、中ほどから一気に突き出れば、敵は首尾(前後)に対処できなくなり、自然と大勝を収めることができます。」

  周重文はこれを聞いて大いに喜び、人馬を率いて密かに乱石の林の後ろに伏せた。果たして敵兵は連勝の勢いに乗って油断しながらやってきた。突如として周重文の伏兵が突き出ると、敵は四分五裂となり、十のうち八九を失い、夜のうちに逃げ去った。周重文は大功を立て、喜びのあまり、一方では戦勝の報告を上げ、一方では兵を引いて鎮に戻り、一方では酒を設けて昌全の労をねぎらった。昌全は再三辞退して言った。「下属は死にかけた身でありながら、恩主大人のお慈悲を賜り、幕下に立つことを許され顧問として仕える機会を得ました。粉骨砕身しても万分の一もご恩に報いることはできません。これしきのお役に立てたことを、どうして功績と申せましょう。お礼の御酒を賜るなど恐れ多いことでございます。」周重文は言った。「軍中の職位は一定ではなく、ただ功績に基づいて昇賞するものだ。今、兄がこの奇計を出して威を示し勝利を制し、敵をして胆を失わしめた。皇上の赫灼なる御稜威に支えられたとはいえ、実のところは兄の妙策によって成し遂げられたものだ。本鎮がどうして兄の功を奪って己の功とし、賢者を妨げ国に害をなす者となれようか。この大捷を得たことで、本鎮の叙功の表の中にはすでに兄の名前を聖覧に奉じてある。程なく命が下れば、おのずと身を立てる機会があろう。どうして以前の件を固守できようか。」

  昌全は周重文の言葉が堂々として偽りなきを見て、やむなく礼を言い、席の傍らで侍飲した。互いに問い答えして、ことのほか和やかであった。程なくして果たして命が下り、昌全は周重文軍中の参謀の職を実授された。周重文は功を独占して賢者を閉め出すようなことはせず、誠心誠意国のために尽くして、三階の昇進を遂げた。周重文と昌全が謝恩を終えると、昌全は再三にわたって周重文の引き立てに感謝した。周重文は衙内の半分の楼房を昌全の住まいとして与えた。昌全はそこへ杜氏を引き移し、ともに住むようになった。それ以来昌全は外出の際に馬に乗り、衙役を従え、にわかに富貴の身となった。辺庭での様子はひとまず措いておこう。まさしくこうである。

  軍に引かれ辺庭で死ぬものと思いきや、

  書生がかえって功を立てようとは誰が知ろう。

  ここに至ってはじめて天に命のあることを知る、

  あくせくと窮通を計らう必要などないのだ。

  さて鳳儀が京へ上った後、王夫人は家で家事を取り仕切っていた。かねてよりずっと独りで暮らしていたため寂しさを感じていたが、今は彩文小姐が娘として傍に付き添うようになり、なかなか寂しくなかった。しかも彩文小姐は心根が聡明で賢く、一途に孝行を尽くすので、何事も母親の意に沿うものであった。王夫人は彩文小姐を実の子以上にかわいがった。

  ある日、唐希堯が鳳家を訪ねてきて王夫人に挨拶した。「表兄(鳳儀)が京へ上られてから、家書は届いておりましょうか?」王夫人は答えた。「老爺が京へ上る前に便りがあって、御史に昇進したと書いてありました。」唐希堯は言った。「それはまことに喜ばしいことでございます。先だって老表嫂(奥方様)がめでたくお帰りになり、才色兼備の表姪女を一人お連れになったとのことで、うちの者がぜひ一度お会いしたいと申しております。おいでになりたてで何かとご多用かとお気遣いして今日まで遅くなりましたが、うちの者に急かされて、明日お屋敷へおいでいただくお誘いに参りました。親戚の誼を温めさせていただきとうございます。」王夫人は答えた。「私もとっくに嬸嬸(叔母様)にお会いしたいと思っておりましたが、用事が重なって伺えませんでした。今は老爺が京でお役に就いておりますので、ゆくゆくは私も京へ呼ばれるかもしれません。そうなれば一層お会いする機会がなくなってしまいます。嬸嬸が明日お招きとのこと、明日必ずまいります。また嬸嬸のもとに賢い表姪がいるとのことで、とても清秀だと聞いておりますので、こちらも会いに行きたいものです。」かくして約束を決め、唐希堯は帰って行った。

  翌日、王夫人は果たして彩文小姐を連れ、二乗の轿子に乗って唐家へ向かった。趙氏はすぐに出迎え、挨拶が済むと互いに近況を尋ね合った。趙氏は彩文小姐をつぶさに見て言った。「表姪女はこんなにも秀麗でいらっしゃる。まことに才気あふれる淑女ですね。」すぐに酒宴の支度を命じた。王夫人が表姪(唐昌)の姿が見えないと問うと、趙氏は「学中(学塾)におります」と答え、すぐに人を遣わして唐昌を呼び寄せ、王夫人に拝見させ、彩文小姐にも引き合わせた。王夫人は唐昌を見てまことに清秀でかわいらしいと思い、問うた。「姪ご(唐昌)は今年何歳になりましたか?」趙氏は答えた。「十一歳でございます。」王夫人は言った。「なるほど、あなたの姪女と同い年ですね。」

  言い終わるとそのまま席についた。小姐は母親の隣に、唐昌は趙氏の隣に座り、それぞれ杯を傾けた。唐昌は鳳小姐がたいそう美しく、黒髪が肩にかかり、清らかな色艶が鮮やかで、尋常の娘とはまるで違うと感じ、目が離せなかった。話しかけようとするが、初対面ゆえに口も開けない。胸は激しく騒いでいた。見れば見るほど、あるときは顔が紅潮し、耳まで赤くなって、どうにもならない気持ちになった。心の中でひそかに思った。「鳳家のお妹さんはなんとも美しい。書の中で称えられる美人も、おそらくはこのようなものだろう。もし彼女と夫婦になれたなら、郎才女貌、良き縁というものではないか。」

  彩文小姐は見られ続けるのに耐えかね、頭を下げて目をそらした。しかし唐昌がこちらを見なくなると、今度は彩文小姐がそっと覗き見て、心の中でひそかに感嘆した。「なんとも凜々しい若君だろう。女の衣装に着替えさせたなら、絶世の美女ではないか。今見れば、瞳は澄んで輝き、指先は細くほっそりとして、さらに柔らかな情が流れる目元にあふれていて、人の心を酔わせる。いつかこのような美丈夫を得られれば、私の才もむだにならない。」二人はしばし見つめ合い、互いに恋慕の情が芽生えた。

  王夫人と趙氏はこの二人の姪と姪女が互いに見とれ合っているのを見ても、ただ子どもらしい無邪気な様子と受け取って、深い意味があるとは気づかなかった。趙氏は鳳小姐をひたすら褒め称え、王夫人もまた唐昌を絶え間なく誉めた。互いに代わる代わる喜んでいた。やがて王夫人は趙氏に向かって笑いながら言った。「嬸嬸、この二人を御覧よ。まるで一対の玉人(玉のように美しい人)のようではないですか。もし夫婦にするなら、まことに申し分ない。大きくなったら老爺が帰ってから話をして、親戚どうしで縁組みをするのも一つの楽しみではないでしょうか。」趙氏は言った。「夫人にそうおっしゃっていただければ、この子(唐昌)の大きな幸せでございます。」

  唐昌はふいに伯母が鳳小姐との縁組みを承諾してくれたのを聞いて、喜びのあまりあわてて立ち上がり、王夫人の前に進み出て深々とお辞儀をした。「伯母様、ありがとうございます。一言口にした以上は四頭の馬でも取り消せません(有言実行でございます)。」王夫人はこれを見て思わず大笑いして言った。「この子はまあ、なんと無邪気でずうずうしいこと。」そして唐昌の手を取って言った。「安心しなさい、後のことは私が何とかしてあげましょう。」それからまた言った。「聞けばおまえは詩の才に優れており、かつて《飛花詩》を作ったそうだが、私はまだ見ていない。本当に才があるというなら、お妹さんと一緒にもう一首作って私に見せてくれないか?二人の才のどちらが高いかを見定めてから、縁談の話をしましょう。」

  唐昌は王夫人に詩を求められると、かねてから才を披露したかった気持ちがちょうど弾けたようで、全身がむずむずするほど喜んだ。そして言った。「先ほど妹さんの《飛花詩》を拝見しましたが、字句ごとに雅趣があり、筆致ごとに艶美でございました。本来ならお恥ずかしくて和詩など作れないところ、鳳伯父様の再三のご誘いに応じて恥を承知でお応えした次第です。今、伯母様のお命じですから、どうして辞退できましょう。ただ、二人が別々に作るのでは、心が通い合わないでしょう。賢妹と一緒に《飛花》を題にして、聯吟(交互に句を詠む)で一首作れば、前後呼応してより一層親密に感じられましょう。賢妹はいかが思われますか?」

  彩文小姐もちょうど才を見せたかったところで、またこれを機に面と向かって唐昌の学問と才情が真かどうか試したいとも思っていた。そこで嬉しそうに言った。「聯句はとても良いですわ。お兄様から起韻(最初の句)をどうぞ。小妹がそれに続きます。」唐昌は言った。「賢妹はお客様、この兄がどうして先を取れましょう?」王夫人は言った。「お客も何も関係ない、年の順で行きなさい。早くやってごらん。」唐昌はやむなく言った。「妹さん、先を取るをお許しください。」そして声に出して一句詠んだ。

  風はさやさやと、雨は糸のように降り、〔唐昌〕

  紅の香りを断ち切られ、故の枝を離れていく。

  高低さまざまに色を誇り、絵と見まごうばかり、〔彩文〕

  東西へ漂いながら、詩を探し求めるようだ。

  東の閣へ吹き戻され、嬌らかさも力なく、〔唐昌〕

  軒端に舞い寄って、か細く支えきれぬ。

  さまざまに彩りを添えるのはもとの性、〔彩文〕

  悠然と尽きることなく、それが新たな姿。

  妝鏡を低くのぞき込む情に迷う男、〔唐昌〕

  書の帳のほとりに寄り添うつんとした娘。

  むしろ天いっぱいに紅の雪を漂わせよ、〔彩文〕

  大地に胭脂の色を散り敷かせることなどしなくてよい。

  ひそかに春を急かせども、春はかえって惜しんで留まり、〔唐昌〕

  いつも蜂のにぎわいに寄り添えども、蜂は気づかない。

  五更を恨みに思い違えた恨めしさよ、〔彩文〕

  ふいに一万の点となりて、まさに愁いのときよ。

  もし空の中で錦に縫い合わせられるなら、〔唐昌〕

  天の巧みな撮み合わせの奇に背かぬだろう。〔彩文〕

  間もなく作り終え、二人は顔を見合わせて微笑んだ。王夫人はこの二人が一問一答、考える間もなく詩を仕上げるのを見て、満心の喜びをもって言った。「まことに才子と佳人の対でございますね!」唐昌と小姐は互いに語り笑い合った。宴が終わると、夫人は小姐とともに趙氏の部屋で休んだ。唐昌は父親と書房で同宿した。この唐昌はまだ幼い少年ではあるが、春の心がはじめて動いて、一晩中眠れなかった。

  翌朝、母親の部屋へ入って行き、挨拶のためと言い訳をしながら、小姐が鏡の前で髪を梳かしているところを見つけると、唐昌も鏡台のそばへ行き、母親に頭を梳かしてもらいながら彩文小姐の近くに寄った。一陣一陣の甘やかな香が鼻をついてきた。唐昌は小姐を目で見つめながら、わざとらしくこう言った。「賢妹はかつて毛詩の中の一節、『窈窕たる淑女、君子はよく逑う(たずね求める)。求めて得られず、輾転として反側す(寝返りを打つ)』を覚えておいででしょうか?」小姐はこれを聞いて微笑んで言った。「そちらはうっかり忘れましたわ。ただこちらは覚えております。『既に君子を見たれば、我を遐棄せず(遠く捨てず)。この子の帰するに、その家人に宜し(ふさわしい)』。」

  二人は親しみを込めて挑み合っていたが、二人の母親にはどこの書の古典を語り合っているとしか思えず、少しも気にかけなかった。唐昌は面と向かって機会を逃してしまうことを恐れ、すぐに身を翻して書房へ行き、白い綾絹を一幅取り出して詞を一首題した。それを袖に忍ばせ、母親と王夫人が傍にいない隙を見はからって、そっと小姐に渡した。小姐は受け取って見ると、詞が一首書かれていた。心の中でひそかに読んだ。

  長相思の調べに

  心は急いて、目は期待に満ちて、

  目と鼻の先にいながら、はるか天の彼方のようだ。

  試みに問う、玉のような人よ、その情と心は、

  この私(蒹葭・葦)のそばに寄り添ってくださいますか。

  彩文はこれを読み終えると、微笑んで言った。「お兄様は多情がすぎますね。」そうして金扇を一本取り、その一面には山水・松竹を描き、もう一面に和詞を一首書き、唐昌に渡した。唐昌が見ると、こう書かれていた。

  長相思の調べに

  巴(四川東部)は蜀(四川西部)を思い、蜀は巴を思う、

  果てなしと言えど、やはりそこには果てがある。

  二つの心に春が一度透き通るのを待てば、

  おのずと六本の管(笛)の音の中に葦の芽が舞い飛ぶだろう。

  唐昌はこれを見て大いに喜んだ。「なるほど賢妹は詩ばかりでなく、画も優れているとは。画中の山は長く、水は長く、松は貞(正)しく、竹は茂り、込めた意味は実に深い。この兄は心の中にしっかり蔵しておこう。いつ忘れられようか。」小姐は言った。「男女の情が一時あふれてしまいましたが、お兄様は軽々しく漏らしてはなりません。生涯ずっと守り続けてくださいませ。」唐昌は言った。「賢妹がこのようにお情けをかけてくださるのなら、夜に折を見て、月の下で誓いを交わしませんか?いかがでしょう。」小姐は言った。「それもよいですわ。」二人が話し合っていると、ふいに王夫人が来たため、それ以上は語らず、ごまかして場を収めた。

  夜になると、果たして二人は母親たちが深く語り合っている隙を見て、そっと手をつないで後庭の人気のない場所へ行き、共にひざまずいて誓いを立てた。誓い終えて立ち上がると、唐昌はすぐに小姐に近づき、だんだんと親しみ馴れようとした。小姐は顔を正して押し返し、言った。「お兄様、軽々しくなさってはいけません。後にきっと機会がございます。」そのとき犬の吠え声が聞こえ、誰かが来るかと心配になり、急いで部屋に戻った。唐昌は喜びに満ちあふれて眠りについた。翌日、王夫人は小姐を連れて趙氏に別れを告げて帰宅した。唐昌は自ら見送りに行き、王夫人がさらに二日引き留めたため、それが過ぎてから帰ってきた。それ以来唐昌はしばしば彩文小姐に会いに来るようになった。これ以上は触れないでおこう。

  さて端居と李氏は、娘を失って以来、毎日泣き暮らし、人を頼って方々を探し回った。頻繁に知縣のもとへ行って捜索を急かしてもらったが、音沙汰はまったくなかった。一年が経ってようやく諦めた。夫婦二人はたいそう無聊(気力のない状態)であった。

  それからさらに一二年が経ち、この年、端居はちょうど挙貢の例(举人・貢生として京へ上る番)にあたり、上京して選官(官職への選抜)を待つべき時期になった。ただし彼の気力はすっかり衰え、功名への意欲もなくなっていた。それでも友人や親戚の再三の勧めに抗えず、端居はふいにこう思った。「娘を探していたのだから、この機会に上京して道々訊ね歩けば、天が憐れんで手がかりが得られないとも限らない。」意を決して路銀を用意し、上京の準備を整えた。この一度の上京がきっかけとなって、こんなことになろうとは。

  佳人には会えずとも、かえって才ある婿に巡り逢う。

  後のことはどうなるのか?次回をご覧いただこう。