飛花詠(ひかえい)

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第三回 夫婦は険難を乗り越えて愛児を断腸の思いで手放し、親戚が宴を楽しむ折しも奸賊が幼女を攫う

詞に曰く:

 窮途に顛沛し、進退まことに狼狽す。ただ恩愛を断ち切るものとのみ思えど、天心の在るを誰か知らん。無頼とはいえど、いつ毒害を加えたることあらんや。一番の驚怪なくば、いかにしてあの人と出会い得ん。

                              「霜天暁角」の調べに

 さて杜氏は飯店の中にて、真夜中に突然発熱し、全身が痛むと叫び、ひどく重篤となった。昌全はどうにもならず、夜明けまで耐えると、急ぎ店の主人に向かって言った。「昨夜、家内が突然病を得まして、たいそう案じております。この辺りに名医はおられましょうか」。主人は答えた。「前の通りに唐希堯という方がおられ、先祖代々の名医にて、往々にして手を触れれば病が癒えると申します。奥方がご病気ならば、その方を招いて診ていただくほかございますまい」。昌全は言った。「名医がおられるとのこと、ご主人に使いを頼んでお招きいただければ、まことに有り難く存じます」。

 店の主人はすぐさま使いを出し、ほどなく唐先生が訪れた。杜氏の脈を診て言うには、「この病は内に七情の鬱結を受け、外に風寒の邪気を感じたるゆえ、発熱して苦しみ昏迷しておられます。まず『桂枝湯』をもって外感を駆散し、次いで『二陳理気湯』をもって鬱結を散じれば、おのずから回復いたしましょう」。かくて二剤の薬を調合し、生姜二片を引薬とした。昌全は医者を見送ると、すぐさま薬を煎じた。

 この時、杜氏はまさに昏々として目覚めずにいた。昌全は薬を煎じ終えると、杜氏を起こして薬を流し込み、そのまま休ませた。しばらく眠ると、額にほのかに汗が滲み出てきた。薬が効いていると知り、昌全は急いでさらに二杯を飲ませ、綿入りの夜具をしっかりと被せた。やがて滝のような汗が流れた。杜氏は次第に目覚め、昌全はこれを見て大いに喜び言った。「天地の御恵みに感謝してもし尽くせませぬ」。

 翌朝になると、また第二服を飲ませた。杜氏の熱はかなり引いていた。再び唐希堯を招いて脈を診させ薬を飲ませること数日、杜氏はようやく回復の兆しを見せた。付き添いの者もこれほどの重病を見ては出立を促しがたく、病が癒えるのを待つほかなかった。しかし杜氏がやや持ち直したと思えば、今度は昌全が病に伏し、また数日が経ってようやく全快した。唐希堯は旅先で病を得た二人を哀れみ、朝夕を問わず毎日見舞いに来て、いとわなかった。昌全は病が退いたものの、歩くのはまだつらかった。床に腰を下ろし、積もる苦労を思い返しながら、杜氏に向かって言った。「あなたと私がこれほどの大病を患いながら、幸い死なずに済みました。しかし思えば、これから辺境の地はまだ遠く、前途にさらなる労苦が待ち受けているならば、耐え切れるかどうか、先のことは知れません。ただ、あなたと私がこのような流離の身となったのは、前世の運命に定められたことかもしれず、やむを得ぬことと申せましょう。けれども哀れなのは子供のことです。幼くして何も分からぬのに、なぜ私どもにつき従ってかくも苦しまねばならぬのかと思うと、まことに胸が痛うございます」。

 そう言いながら子を抱きかかえ、言った。「我が子よ、我が子よ、たとえそなたに福がなく、富貴の家に生まれ得なかったとしても、せめて平民百姓の家に生まれていれば、我が家に生まれて兵籍の苦しみを受けるよりはよほどましであったものを」。言い終えると、涙が流れた。杜氏は言った。「今よくよく考えてみますと、あなたと私の苦労は、生きるも死ぬも仕方のないことで、もう言うまでもありません。今、心から離せぬのはただこの子のみです。今ここで惜しんで放さず、共に倒れるよりは、恩愛を断ち切り、他の方に托した方がましでしょう。この子だけでも生き長らえさせ、もし昌家の家系が絶えるべき定めでなければ、やがて災難を逃れ、日後に成長して出自を尋ね、昌家の血脈を継ぐことができましょう。私どもたとえ死んでも、あの世で心安らかでいられます。またもし天の幸いを再び得て、あなたと私が生き戻り再会できるとも限りません。もし目の前の情に引きずられてこの子を手放せずにいれば、前途はますます遠くなり、いつの日か異域の地で私どもが逝きでもすれば、この子は絶漠の孤地に捨てられ、生きていても死んだも同然です。中原の故土に留めれば、まだ望みがあります。今もしこの子を哀れみ、苦しんでも手放すまいとすれば、それこそかえってこの子を害することになります」。

 昌全はこれを聞いてしきりに頷き言った。「賢妻の言葉、まことに道理あります。ただ、茫漠たる旅路の中で、誰に托すべき人があるか分かりません」。杜氏は言った。「そうは言っても、ゆっくり注意して探すよりほかなく、一時に焦ってはなりません」。かくて日々体を養いながら、次第に歩けるようになった。付き添いの者が出立を促した。昌全はまた杜氏に言った。「あなたと私の病が唐希堯のお蔭で治りました。彼は仁を存し徳を積んでおられるのに、私どもは礼も尽くさず去るわけにはいきません」。杜氏は言った。「礼を尽くすのは当然ですが、厚い贈り物もなく、せめて一度ご馳走し、わずかながら気持ちを表すよりほかありません」。昌全は頷き言った。「さようで」。急いで銀子を取り出し、店の主人に渡して言った。「唐先生のお蔭で命を救われましたが、お礼の申し上げようもなく、ご主人に少しばかりの酒肴を用意していただき、一席設けてお招きしたいのです」。主人は快く引き受け、すぐさま準備した。ほどなく唐希堯が招かれてきた。昌全は再三、その見事な医術の御礼を述べ、付き添いの者と店の主人を合わせて五人で同席して飲んだ。

 宴もたけなわになると、唐希堯は問うて言った。「私が見ますに、昌兄は言葉が正しく、振る舞いが礼にかない、まことに謙謙の君子です。何のご罪を犯されて、奥方と共に遠い砂漠の戦場へと送られることになったのでしょうか」。昌全はこれを聞くと泣き崩れ言った。「私の苦しみは、人には到底言えぬことです。しかしかくまでお尋ねいただければ、申さぬわけにはまいりません。私はさほどの学もありませんが、儒学の門には列しておりました。ただ先祖の籍がもともと軍丁であったため、突然、勅旨により召し出されることとなり、斯くの如く旅路を流離いたすことになったのです」。唐希堯は言った。「さようでしたか!」と歎息して続けた。「文人を武人の籍に入れることは、文武両方を損なうものです。朝廷の弊政と申さねばなりません。しかし御勅旨とあれば断れますまい。昌兄には覚悟を決めてご出立あるよりほかないでしょう。苦しみに暮れていれば、また病を招くことになりかねません」。昌全は言った。「私ども夫婦の生死は、すでに覚悟しております。ただ、門出の折に思い切れず、この子を連れてきました。今になって見れば、一歩一歩が危うく、連れて行けば無事か分からず、しかし托す人もいるかどうか、どちらにしても難しく、思い悩んでおります」。唐希堯は言った。「ご子息は今年おいくつですか」。昌全は言った。「今年八歳になります」。唐希堯は言った。「昌兄は南の方のご出身、このたびは北方へとお向かいで、塞外の風は高く厳しく、あなた方とて耐えられるかどうか分かりません。ましてご子息は繊細なお年頃で、とてもお連れできますまい。ここで留めておかれる方がよろしいと存じます。もし托す人がないとお心配ならば、私はこの年五十、子を持ったことがありません。昌兄さえ嫌われなければ、ご子息を引き取って育て、成長した暁にはまた出自を尋ねさせる、それも悪くはないと思いますが、いかがでしょうか」。

 昌全はこれを聞いて大いに喜び言った。「仁兄がかくまでもあわれんでお引き取りくださるなら、まことに親に生まれ変わったも同然です!私ども夫婦、たとえ他郷で死にましょうとも、目を閉じることができます!何の異存がありましょうか!」唐希堯は昌全が承諾したのを見て大いに喜び言った。「明日は大安の吉日、私がお宅に参りましょう」。昌全は息子の昌谷を連れてきて引き合わせた。挨拶が済むと、昌谷を席の傍らに座らせた。唐希堯は昌谷の眉目清秀な顔を見てたいそう気に入った。かくて皆で打ち解けて飲み、座が尽きぬうちに別れを告げた。

 唐希堯は別れを告げて帰宅し、妻の趙氏にこの一部始終を語り、いかに清秀な少年であるかを伝えた。趙氏はこれを聞いて喜びを抑えられず、今すぐ来て抱きしめたいほどだった。一方、宿の女将も杜氏の前で、唐家の家財は豊かで、親戚に官に就く者もある、奥方はたいへん賢淑な方だと称えた。昌全夫妻はこれを聞いて喜んだ。

 一夜が明け、翌日の食後になると、四人の下男が多くの贈り物を担いできて、その後ろに空の輿が二乗続いた。昌全と杜氏を迎えに来たのである。また大判の赤い名刺が三枚あり、二人の付き添いの役人と宿の主人に昼食の招待状であった。杜氏は一方で宿の主人に贈り物を受け取らせながら、一方で子と共に輿に乗った。昌全もまた輿に乗り、宿を離れ大通りを曲がって、まっすぐ唐家へと向かった。門前に着くと、唐希堯と趙氏が門の前で夫婦が輿から降りるのを待ち構えていた。趙氏は昌谷を見て、果たしてたいへん清秀な子であり、すぐさま手を伸ばして輿から抱き出し、侍女に抱かせた。そうして昌全と杜氏を迎え入れ、広間へと案内した。

 広間の中央にはすでに天地の紙馬が供えられ、床には赤い毛氈が敷かれていた。唐希堯はまず昌全と四度の礼拝を交わし、次いで杜氏にも挨拶として四度礼拝した。昌全と杜氏もまた趙氏に挨拶を述べた。昌全はやがて椅子を二脚並べて中央に置き、唐希堯と趙氏を座らせると、昌谷を連れて八度の礼拝をさせた。礼が終わると、趙氏は杜氏を連れ、侍女が昌谷を抱いて奥の間へと入った。唐希堯はすぐさま天地の紙馬を燃やし、また下男に知人や近隣の友人を招いて同席させ、女客を内に招いて杜氏に同席させた。やがて客が揃い、席に着いて賑やかに飲んだ。真夜中まで飲み続けてようやくお開きとなった。昌全は宿のことが気になり、公差の者と共に帰って行った。杜氏は唐家に留まって一夜を過ごした。趙氏と杜氏の二人は話がたいへん弾んだ。まさに:

  相逢いてもし此の情誠なれば、非親とも言うなかれ、即ち親なり。

  天涯に寄る辺なしと憂い悲しめど、知らずや此の地にまた人を留むるを。

 唐希堯は昌谷を養子に迎えたが、その本姓を去ることが忍びなく、唐の姓を加えるだけにして、谷の字を除き、唐昌と呼ぶことにした。趙氏は杜氏をそのまま数日引き留めた。付き添いの者がやきもきして出立を促したが、唐希堯から厚い贈り物を受け取っていたため、あまり強くは催促できなかった。むしろ昌全の方から唐希堯のもとを訪ねて言った。「小子をお引き取りいただき、私ども夫婦は心おきなく旅立てます。重ねてのご厚情、何と申し上げてよいやら。しかし前途はまだ遠く、押送の者もいつまでも待てませんので、お暇乞いを申し上げなければなりません」。唐希堯は言った。「再び会える日は難しく、別れ難うございます。もう数日お休みになるがよろしいでしょう」。昌全は言った。「聞けば聖旨では辺境を速やかに充実させたいとのこと。途上で日数を延ばせば聖旨に背くことになり、罪の上に罪を重ねることになりましょう。今は断然出立しなければなりません」。唐希堯は言った。「さようならば、無理にお引き留めするわけにもまいりません。ところでもうお日取りはお決めになりましたか」。昌全は言った。「明日と定めました」。

 唐希堯は引き留められないと知り、やむなく席を設けて、公差と宿の主人をも招いてお別れの宴を開いた。宴の席で唐希堯は公差に再三頼み込んで、道中での昌全夫婦の保護を求めた。また銀十両を二人の路費として渡した。公差たちは大いに喜んだ。翌日、昌全と杜氏は唐希堯夫妻と別れを告げた。昌谷は父母が去ると聞いて、衣の裾を掴んで地に転がり大声で泣き出し、昌全を放そうとしなかった。杜氏もまた声を上げて泣き言った。「親として、どうしてそなたを離れたいものでしょうか!しかし離れれば生き、離れなければ死ぬ、これも止むを得ぬことなのです」。昌谷は言った。「子は親と一緒に死んでも構いません、親と離れて生きたくはありません」。昌全は言った。「お前は死んではならぬ。お前が死ねば昌家の後継ぎが絶えてしまう。だからここに留まらせるのだ。ここにいれば、実の父母以上に慕うべき方がいる。大孝をもってお仕えし、私の言葉に背いてはならぬぞ」。

 昌谷はこれを聞いてようやく言葉を止めた。ただ激しく泣き続け、天地も暗くなるほど泣きながら、両手で杜氏の衣を掴んで放さなかった。杜氏は二つ目の玉魚を取り出し、昌谷の胸元に結びつけて言った。「この魚が一対となる日、そなたと連れ合いも一対となり、父母とも再び会える日が来るでしょう」。皆がなおも泣き続けていたが、付き添いの者や車夫に再三急かされ、昌全と杜氏はやむなく心を鬼にして昌谷を残し、外へ出た。そのまま宿に戻り、荷物を整えて出立した。後から唐希堯と趙氏が昌谷を連れて見送りに来た。唐希堯はひそかに昌全に白銀五十両を贈り、道中の路費とした。食料も多く持たせ、境の外まで見送ってからようやく別れを告げた。まさに:

  世の中の万般の哀し苦しきこと、死に別れと生き別れに勝るものなし。

 昌全と杜氏は付き添いの者と共に道を行った。子のことは思われて仕方なかったが、無事に托せたことは喜ばしく、道中で世話を焼く心配が減り、むしろ身が軽く感じられた。山を越え峠を渡り、夜に泊まっては夜明けに歩き出し、道中は至って平穏無事に進んでいった。これはひとまず置いておこう。

 さて端居は昌全と別れてから家に帰り、たいそう傷心していたが、どうにもならなかった。昌家から預かった玉魚を娘に渡して大切に持つよう言った。容姑はすぐさましっかりと胸元に結びつけ、折々に眺めて玩んだ。端居は家にあって、ひたすら娘を教え育てることに専念した。暇があれば古今の烈女の物語を説き聞かせ、詩賦や詩詞をも教えた。嬉しいことに娘はたいへん聡明で、解き聞かせればすぐに悟り、説けばすぐに理解した。端居は大いに喜んだ。

 ある日、一双の紫燕が泥を咥えて梁に運び、飛んで来ては飛び去るさまを何気なく眺めていた。それはたいへん愛らしかった。そこで娘に向かって言った。「我が子よ、そなたは毎日詩を学んでいるが、どれほど身に付いたか知らぬ。今日、よい詩の題が目の前にある。一首作って見せてくれないか」。容姑は言った。「何のよい題材でしょうか。おっしゃって下さいませ、考えてみます」。端居は泥を咥えている燕を指して言った。「この『紫燕壘巣』という題、なかなか風情がある。詩を学ぶならば、じっくりと写し取ってみなさい」。

 容姑は父の命を受け、すぐさま書房に行き、詩箋に一首を書き上げて父のもとに持参し、言った。「稚拙な出来ですが、お父様にご批評いただきたく」。端居はこれを見て、まず驚いて言った。「もう書き上げたのか」。急いで受け取って見ると、そこにはこう書かれていた:

  紫燕壘巣

  画棟に重ねて来たりて旧の棲を尋ね、

  落花飛絮の久しく泥なきに。

  池の香りに水に傍いて甘く遠くより咥え来り、

  風静かに簾を穿ちて斉しく構えんと思う。

  多嘴の巣を共に営んで上下を分かち、

  一層に並んで宿りて高低を恐る。

  閨の人よ、佇ちて翩翩と急ぐを見れば、

  影の梁間に到りて日すでに西に傾く。

 端居はこれを読み終えて大いに喜び、称えて言った。「わが子の詩は、もはや妙境に入った!この詩は構想に風趣があり、描写が精緻である。もし男子であれば、詩壇に名を立てるに足る一人となろう」。それ以来、容姑は終日詩詞に親しみ、いつの間にか十歳となり、容姿はいよいよ秀麗となった。母の李氏は容姑に向かって言った。「女子が詩文を善くするのはよいことです。しかし日後に夫を助け家を整えるためには、女工や針仕事、家事を身につけることも根本でなければなりません。ただ筆に親しむだけで、終日詩を詠んでいれば、風趣はあっても、一芸だけに片寄り、かえって女子の本来を失うことになりましょう。必ずや両方を兼ね修めることで、はじめて全き備えとなります」。

 容姑は母の教えを聞き、女工なども学び始めた。もともと母の李氏が教えたのだが、聡明な人は覚えも早く、一度習えばすぐに上達した。まもなく容姑の刺繍は鮮やかで細緻、目を奪うほどの出来栄えとなり、母もとても及ばないほどであった。刺繍に倦きれば、また山水や花草を描き、囲碁や琴なども嗜んで気晴らしとした。かくて何一つできないことはなく、どれも皆、精通していた。そのことがたちまち広まり、華亭一県の誰もが端家の小娘の才色兼備を羨み、縉紳の家で子息を持つ者は皆この娘を嫁にもらいたがり、媒人が次々と縁談を持ち込んだ。端居はすべてを断り言った。「すでに婚約の約束があります」。

 おとなしい家ならば、それでひとまず引き下がるところだ。しかしあちらから伝わり、こちらから称えられるうちに、ついに一人の邪な者の心に火がついた。この男の姓は宋、あだ名を脱天と呼ばれた。もともとは良家の出だったが、なかなか真面目に働こうとせず、日々遊び暮らして家財を使い果たし、また一群の無頼漢と交わり、終日徒党を組んで博奕に酒と、人の難儀を嗅ぎつけては仲間を唆して事端を起こすことばかりしていた。それゆえ二三十歳にもなって妻子もいなかった。今、人の噂に端家の娘が美貌で聡明、詩画の才があると聞き、良からぬ考えを起こし、密かに思った。「私はこれほどの歳になっても妻もなく、糊口をしのぐにも困っている。端家の娘を妻にできれば、一生不自由なく暮らせるのではないか」。また考えた。「郷紳の家からの縁談も断ったと聞く。私の今の境遇では、どうして嫁いでくれようか。先方の父親もただの秀才にすぎない。私の父もかつては秀才だったから、家柄に大差はない。娘の年がまだ幼いとはいえ、今しばらく待てば構わぬ。しかし大きくなれば、他の者に持って行かれてしまうではないか」。思案すれば思案するほど、どうも具合が悪い。

 数日考え続け、ふと思いついた。「妙案がある!穏やかにやるより強引にやる方がよく、明るいうちよりも闇に乗じる方がよい。機を見て一気に奪い去るほかあるまい」。算段がまとまると、終日端家の門先近くで様子を窺った。ちょうどその日、端居の姉婿の柏堅が湖広で商いをして帰宅し、大いに得意であった。道中も平穏に帰り着き、戯を演じて神に感謝した。舅母の李氏と姪の容姑を招いて観に来るよう使いを寄こした。

 折しも、その日ちょうど宋脱天が端家の門前で張り込んでいると、二乗の輿が門から出てきた。彼は輿の後をつけ、供の小者を人目のない場所に引き止めて問うた。「今日、お宅の奥様と姫様はどちらへお出かけですか」。小者は言った。「今日は錦香里の柏家で芝居興行がありまして、お招きを受けたのでございます」。宋脱天はまた問うた。「その柏家はあなた方とはどういうご関係ですか」。小者は言った。「うちのご主人の御姉婿様でございます」。言い終えると、飛ぶように去っていった。

 宋脱天はこの情報を得て満面の喜びを浮かべ、仲間を呼び集めて言った。「今日、皆さんのお力添えを借りたい一件があります」。仲間たちは言った。「俺たちは骨肉のように親しく、生死を共にする仲だ。宋の兄貴に何かあれば、力を尽くさないわけにいくまい!」宋脱天は言った。「縁談の相手がいるのだが、私が貧しくなったからと嫁いでこようとしない。腹の虫が収まらんので、兄弟たちに力を貸してもらって奪い取りたいのだ」。仲間たちは言った。「白昼堂々、どうしてそんなことができるか」。宋脱天は言った。「そうじゃない。昼は親戚の家に呼ばれているが、夜に芝居を観ることになる。夜更けの賑やかな頃合いを見て、皆が夢中になっているすきに連れ出せばいい。追われることが心配なら、出がけに火を放てば、火消しに手を取られて、誰も人を追う暇などない」。

 仲間たちが問うた。「どこの娘だ」。宋脱天は言った。「かの名高い端家の娘だ」。仲間たちは言った。「聞けばまだ年が幼いという。二三十の男が、どうして夫婦になれるのか」。宋脱天は言った。「お前たちには分からんのだ。とにかく連れてきさえすれば、私は喜んで二年待つ」。仲間たちは言った。「拐かしも世間にはある話だ、まあやってみよう。しかしどこに隠すのか。もし親に知られて、お上に訴え出たらどうする」。宋脱天は言った。「それは難しくない。小船を一隻手配して、野の辺鄙な場所に隠しておく。二三年も逃げおおせれば、夫婦になってから堂々と戻ってくれば良い、生米は炊き上がった飯になっている、誰も取り返せまい」。仲間たちは言った。「元から許嫁だというのならば、まあ仕方あるまい」。

 宋脱天はすぐさま仲間の持つ小船を一隻手配し、あらかじめ錦香里の村口に漕ぎ寄せて停め、夜になってから乗り込む手はずを整えた。また酒肉をたっぷり買い込んで仲間に振る舞った。皆が腹いっぱい飲み食いして、それぞれ短棍を持ち、三更を過ぎた頃を見計らって四方から錦香里へと向かった。

 村口に着くと、船が泊まっているのを確かめ合図を送り合った。宋脱天は仲間を引き連れ、村の中へとじりじりと入り込んだ。柏家の門前に来ると、中では芝居が真っ盛りで賑やかな声が溢れていた。宋脱天たちは見物客に紛れ込み、見物を装った。簾の向こうにほのかに一人の小さな女子が傍らに座っているのが見えた。宋脱天は簾のすぐそばに張り付いてその場を離れなかった。ちょうど芝居が最も盛り上がり、皆が夢中で見入っている頃を見計らい、宋脱天は突然大声で叫んだ。「お上の命で賊を捕まえよ、ここに隠れておったか!」仲間たちはいっせいに広間へと押し入り、まず灯りを打ち消し、口々に叫んだ。「賊を捕まえろ、逃がすな!」棍棒を手に、行く手を阻む者を手当たり次第に打ちのめした。

 宋脱天はいち早く簾の中に飛び込み、容姑を背負うと人込みをかき分け、こっそりと外へ出た。恐怖に慄いた芝居者と見物人たちは皆、卓の下に身を隠した。前に出れば棍で打たれ、近寄れば棒で叩かれた。無頼の仲間たちは宋脱天がすでに娘を背負って出たのを見ると、広間に火を放ち、一斉に喊声を上げ、宋脱天の後を追って外へ出た。皆で船へ乗り込み、容姑を船倉の中に押し込んだ。仲間たちは脅して言った。「声を出せば命はないぞ」。容姑はこの時、魂も消えるほど恐ろしく、全身が震え上がり、ただ船倉の中にうずくまるほかなかった。無頼の仲間たちは船を押し出し、ただ野の人気のない方へと漕ぎ去っていった。

 さて柏家は突然一団の乱暴者に踏み込まれ、一時の驚きに逃げ隠れていた。賊が去ったと見ると、今度は広間に火が起きた。ただ火を消すことに夢中で、賊の行方を追う者はいなかった。急ぎ火を消し止め、改めて品物を確かめると、何もかも揃っていて失われた物はなかった。ただ銀の杯が数個見当たらなかった。皆が言い合った。「天地に感謝、まだ運がよかったというものだ!」

 騒ぎが収まらぬうちに、奥の間から激しい叫び声が聞こえてきた。「人がいなくなった!」柏堅が急いで入ってみると、舅母の李氏が泣き崩れ、ひたすら叫んでいた。「わが子よ!どこへ行ったのか!」死んでも構わぬほど泣き叫んでいた。柏堅が事情を尋ねてはじめて、賊が簾の中に押し入り、姪を攫い去ったと知った。柏堅はこれを聞いて大いに驚き言った。「これはおかしな話だ!賊はなぜ物を奪わずにこの幼い娘だけを攫って行ったのか。さほど遠くへは行くまい」。そうして多くの人に松明を持たせ、四方に分かれて追いかけさせた。

 かなり追ったが、どこにも影すらなかった。夜明けまで探し回っても、手がかりがなかった。急ぎ端居に知らせた。端居はこれを聞いてひどく驚き、急いで駆けつけ、李氏と会って一通り泣いた後、どうにもならず家に帰り、すぐさま県庁に訴状を出した。広く手配書が出され、終日追っ手をかけたが、あちこちに立て札を立てても、水底の針を探すようなもので、まったく手がかりがなかった。これはひとまず置いておこう。

 さて宋脱天は仲間と一時の勢いに乗じ、端家の幼い娘を船に攫い込み、夜通し漕いで夜明けに達した。表に出ることが恐ろしく、ただ葦の茂みの中に身を潜めた。容姑は泣き止むことなく泣き続けた。宋脱天は一人を岸に上がらせて様子を探らせると、帰ってきて言った。「端家はすでに県庁に訴え出て、お尋ね者の立て札も出ています」。仲間たちはこれを聞いて一斉に狼狽えて言った。「ここは危ない。それに泣き声が止まらない。水に放り込んで溺れ死にさせて、俺たちは帰ろうじゃないか」。宋脱天は言った。「皆さんがここまで力を貸してくれた。私に一つ算段がある」。この算段とはいかなるものか、まことに:

  啼く鳥は忽ち西の樹に帰り、飛ぶ花はまた東の隣に届く。

 後のことはいかに?次回をご覧あれ。